2008年11月07日

私にエヘン!

過去の記事を読んでくださった方がいて、
三年前の記事を読んだ。


http://siawasenanipponn.seesaa.net/article/6421810.html

私、すごい。

直感力で、

答えだけ、先に探して、

その説明方法を根気よく探し続けるしつこさ!

エッヘン!


中部大学の
武田先生の

この考え方と組み合わせると最高の次世代の経済の考え方になって、

私達の世代は、
きっと豊かになります。

http://takedanet.com/2008/11/post_1d4d.html

同じ世代の

政治家希望の皆様。

高齢の目上のたくさんの方々に、

必ず守ります。

安心してくださいと、

自信を持って伝えられる人になってくださいね。
posted by ひいらぎ at 19:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月08日

新しい世代

ふっき〜さんのブログのこの記事に、反応!
やはり彼は私にとって、
神のようなものだ。ただし、家族みたいな神だから、
全然礼節は持たない。アハハ。

http://amaterasu1967.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_29d4.html

『人は世代ごとに共通無意識を育てます。

多くの場合、新しい世代は古い世代より、
進化した精神をもって生まれてきます。

古い世代は自分の枠組みでしか、
新しい世代を受け入れることが出来ません。

恒常的に新しい世代には、
世間に承認されない影がつきまといます。
持って生まれながら、誰からも認められない自分自身です。

この影が責めとなって顕れます。
自分や他人や世の中を、批判したり変化を求めたりします。

責めとは人にとってつらいものです。
責めることも責められることもつらいものです。
責めの根源を解消し、このつらさを打ち消そうとする努力が、
この世の枠を広げる結果を生み出します。

こうして世の中は進歩を続けてきました。
つまり責めとは、自分に託された世の中の伸び代です。』

私にとって、両親は、いつからか、守るべきものだった。

両親の方が金持ちで、強かったし頼りがいもあったけど、
だけど、両親は私にとって守るべきもので、そういう意味で、親離れがなかなかできなかった。

それは、生まれた時代が違うから。

新しい時代は進化した精神を持っていることを、知っていたから…。

それとは別に、1日でも早く生まれた人間は偉いとそれも信じていた。
だから年長者には礼節を持つのは当たり前と思ってきた。
当たり前のことは敢えて表現しないでただ行動するのみ。

ふっき〜さんのブログの記事を読んで、
私の両親は、
新しい時代の精神の自由を、
自由にさせてくれた。
(二人で、自由にさせすぎたかなあと後悔の会話をしているのを聞いたこともある)

それでも自由にさせてくれた。

本当に、
心から感謝するべきなんだと思った。
多分、昔から、心から感謝していたから、親は守るべき存在なんだと思う。
(両親は、自分の人生を歩んでくれればそれでいいと言っていた)

私にとって、子どもは、親を守りに生まれてきたと思っている。

だから私は、
困った親。

だけど、その分子どもも自由を伸び伸びと生きている。

お互いに自由だから、
本当に感謝している。

posted by ひいらぎ at 19:42| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

素直

Lookiesを見ました。

このドラマに逢えて、

本当に幸せだと思う。

一度外れてしまった人達の苦悩。

少年犯罪を起こした人も同じなんでしょうね。

河東先生の、

試練は、乗り越えられるものにしか来ないとか、

最後まであきらめない者が勝つ

とか、
本当にその通りで、

苦悩は人それぞれ違うんだなとか、

いやいや、


あのドラマを感じるだけで、

体中が、感動のリズムの中に入って、

感謝感謝の喜びとなる。


私は素直だけど、

素直じゃない。

怒りがたくさんあって、

社会にうんと反抗している。

ニコニコ明るい私は、
元々生まれ持った、
私の心。

怒りは、育ってきた過程の、
何に怒って来たんだろう?

そんなことを考えてしまった。

私の反抗は、

二子玉学園のあの学生さん達と同じ。

人間は、
素直に生きられる人が幸せになれる。

いつ頃から私は社会に反抗するようになったんだろう?

もがいてももがいてもちっともよくならない社会。


素直な人たちのグループの意地悪。

自分以外の人が、傷ついても、人は傷つく。

自分の苦しみが、
思春期の子ども達に、反応して、

そしてお節介で、
もっと苦しむ。

持って生まれたものは、
明るい太陽のようなエネルギーだけど、

バイオリズムが、揺れた時に、
いろんな自分が出てくるね。

自分の怒りが、より自覚できるようになってきたことは、

それを感じきる時期が来たのかもしれないね。

生きることは簡単ではない。

私は時代的に速すぎるところがあるとしたら、

新しい時代の感性も苦しいね。

あるがままの自分を受け入れられるといいね。
posted by ひいらぎ at 21:31| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月18日

欲張り

もしも私がうまくいっていないとしたら、

それは、欲張りなせいです。

好きなことが在りすぎて、

見るもの触るものの多くが、

全部好きで、

一日は24時間しかなくて、

現実の物理的なやれることは、

限られていて、

できるだけ、効率よく、
たくさんの好きなことをやろうと、

我策するからです。(我策が生来好きな体質です。だから我策から昇華しようと努力しちゃうのです)

私は、
パズルが大好きです。

ナンバープレイスなんて、

あの推理の脳の使い方が、

もう何よりもたまらないのです。

最高に大好きです。
昔はレベルの高いものはできなかったけど、
最近は、かなりレベルの高いものまで、
完成できるようになりました。

かなりのレベルのものは、
深い集中力と整理整頓の慎重さを必要とします。

まるで仕事のようです。

あの集中力は、
道を追求する者に通じます。

でも随分と時間を消費します。

世間的には、かなり無駄な時間です。

ダメダメちゃんです。

とはいえ、人生は、
パズルのようなものです。

私は人生のパズルにおいて、

流れる時間の中で、
何のパーツを置くかの選択肢は、
この高い推理力において、

かなりの精度の高さを誇ると思います。

限られた時間の中で、
どれだけたくさんの好きなことを体験できるか、

それは、おそらく有り得ないくらいの量を達成できております。

不可能を可能とする人間レベルです。

とはいえ、世間的には
「それがなんぼのもんじゃい」

的な世界です。

社会の枠組みの中では、

枠組みの中で求められるものを、アウトプットする能力(庶民の世界では速すぎるのも一度は感嘆されても長い目でみたら排除されます)

だけが、評価されるわけです。

私は案外うまくやってきました。

問題は、すぐに飽きちゃうことです。

欲張りだから…。

枠組みとは、

関係する空間の条件的な、
起点となる点の囲む範囲です。

正解は、

枠組みをまず、前提条件として、はっきりさせてから、
答えを出さないと、
欺瞞の正解にしかなれません。

枠組みを乗り越えるには、
枠組みの中の答えの違いを知った上で、枠組みを乗り越えた、
共通する深さの(高さの)普遍的な答えを導くことです。

小さい枠の中に入り込んでいる人には、その高さは見えません。
見えないことはなかったこと。
成長する人は覚悟が必要です。
posted by ひいらぎ at 16:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月15日

お勧めブログ

カウンセラーは数々あれど、

私は、この方の文が好きです。

彼は、穢れ役から抜け出せないで苦しんできた経験があるらしい。

だから、彼の文は、限りなく優しい‥。

本当に苦しんだ者にしか書けない優しさが漂う‥。


http://blog.livedoor.jp/cs_yasuhiro/


私は、男脳だからか?あるいは女性であり男性好きだからか?

男性のカウンセラーの文は好きです。

あとこの方の文も好きです。

http://blog.livedoor.jp/cs_co8823/archives/2008-04.html

この方は、TVチャンピオン、ダメ独身男モテさせ王選手権で、
優勝しました。

たまたまTVを見ていました。

男の人が、良いだんな様ではないのは、

新しい時代のコミュニケーション等の技術を習得していないからです。

女の人は、男性に優しくする技術(女性は女性同士でも結構怖いけど好きな男性以外の人以外には、結構かなり怖いと思う)
を習得する必要があるけど、

男性も、かなり新しいコミュニケーション技術を学ぶ必要があると思います。

と、話がそれましたが、先の向井康浩さんの文は、かなり好きです。
posted by ひいらぎ at 18:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

我慢強化

ヤフーページで素晴らしい記事が来た。

トヨタの張 富士夫さんも大好きです。

http://books.yahoo.co.jp/book_detail/31897592/tachiyomi?page=1#tachiyomi

このページの中の3ページ目がものすごく共感です。

『六十六年、生産管理部へ。
そこで薫陶を受けたのが「現場の神様」、後に副社長となる大
野耐一だった。
ある時、張は「どうしても目標の数ができない」という工員に

「俺がやる」とやってみせた。
それを聞いた大野は、「改善をやらないで、素人の自分でもこ
れだけできるというお前の心根は、労働強化を強いるものだ」
と張を叱った。なぜできないか理由を見つけ、それを改善する
というのが大野の基本思想だった。
大野がつくり上げたトヨタの生産方式は、現在も脈々と生きて
いる』

ここです。

私が、私の言葉に、強制変換すると、

「今の日本の政治は、生活者に、我慢強化を強いるものだ。
本質を突き詰め、すっきりと単純化の整理整頓を進め、
生活しやすい、豊かな笑い声のある社会をつくってもらいたい
ものだ。」

となります。

今の日本の仕組みは、

日本のリーダー達の、自己満足の制度で、
生活者に、その自己満足を押し付けるものです。

この大野耐一さんの言葉の意味を理解できたとき、

新しい、創意工夫が生まれてきます。

張さんの(なれなれしいか?)

他の部分の文にも学ぶべきことがたくさんあります。

日本の明るい朗らかなお顔のエリートが大好きです。

posted by ひいらぎ at 17:57| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月23日

ありのまま

このありのまま人間は、

ケラケラ笑っている。

まともな立派な人生なんか目指していない。

自分が自分のままであるのなら、

それでいい。

子育ても、

うちの羽次郎は、

世間一般の親が、立派な親ならそうするべき、とやっている、

子供への評価と訓示の暴力を与えていない。
(ただ愛の言葉とそばで寄り添う愛だけは存在させた。見せた。)

どう見ても、ろくでもない親だ。

最近の世の中は、文句と自己主張をしないと、

無視されて、後回しにされるのかもしれない。

確かに実感として、文句と自己主張をしない私と羽次郎は後回しされていたかもしれない。

だけど、自由だった。

羽次郎は、

ろくでもない親からろくでもない子育てをされて、

どんな人生を歩むのだろうか?

楽しみです。


もしも、
あんな子育てで、
羽次郎がのびのびと豊かに生きたとしたら、

子育ては、やっぱり、愛だけでいい。

みんなが愛されますように。
posted by ひいらぎ at 15:47| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月24日

今日は、

小学生の子ども達の発表会を見てきた。
けっこう大きな会場で、

二階席の一番奥の方だったんで、

米粒みたいにしか見えないけど、

自分の田舎じゃ保育園でお遊戯会があって、

楽しかったけど、

都会じゃ、

小学生も学校以外にもお遊戯会のような発表会がいくつもあって、

いいことだなあとしみじみと思った。

何を見ても、
経験しても、

その奥にある、
結局国の仕組みや構造に興味が有るんだよなあ。

私。

今あるモノを生かして、

ちょっぴり移動や変化させて、

結果的に、もっと幸せになれちゃう仕組み作りに興味がたくさんあるからね。

まあ、行動的じゃなくて、どちらかというと、机上の空論タイプだけどね。

なぜか、

一輪車の演技を見ていたら、

涙が出てきた。

多分感動の方向の涙。

なんでだろう?

別に、なんの変哲もない、発表だったんだけど、

私自身が、今、

自分の深い悲しみをワッカで包み込み始めているからかなあ。

でも、

涙が素直に出てくる状態は、よい傾向ですね。

誘ってくれてありがとう。
posted by ひいらぎ at 17:07| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月23日

つらいことをまっすぐに

毎日、自分と向き合っています。
昨日、のブログを見て、
ふっきーさんは、がっくりきたそうです。

私が、やっぱり目をそらしているように感じたようです。

うーん、これは癖ですね。

悲壮感的な、まっすぐな真面目は苦手かもしれない。

これから、自分の真我と向き合って、本当の真面目な自分を出してきたとして、
そうすると、愛しい今の、ちょっとゆがんだ自分が消えちゃうかもしれないから、

だから、昨日記念に、書いたわけです。

私流の表現で言うと、まっすぐになる覚悟の記念の記事だったんです。

私は、それでも私が大好きだから。

自分の自我も大好きなんです。

こんなに大好きな私なのに、なんで、わかるように愛してくれないの?
なんで、受け止めてもらえないの?

が私の嘆きでした。

でも、反面、寂しさを学ぶためだということも知っていました。

30代からの私は、寂しくて寂しくて仕方がありませんでした。

子供時代は、別に愛することが上手な両親じゃなかったけど、自分から傍に行くことができたから、
幸せでしたもん。

今の私は、今の仕事がキーワードです。

普通の庶民で、普通に女の子で生きてきた私にとって、
今の職場は、ものすごく忙しくて、問題を抱えていて、

そこで、能力が発揮できたことがキーワードでした。

自分に自信が持てたのです。

それでも、今の職場は、わたしが役に立ちたい現場ではないので、
密かに辞める手はずを整えながら、仕事をしてきました。

職場が抱える大きな問題を解決して、さあ辞めようと、辞めたいと申し出ました。

そうしたら辞めさせてもらえませんでした。
引き止められたのです。

私は、強い自己主張をする人間ではなかったので、引き止められると、
(来るもの拒まず、去るもの追わずで生きてきた)

強く主張できません。

いったん受け入れて、また辞める努力をしながら仕事を続けました。
仕事上、期の途中では辞められません(ここも心の弱さです)

また一年が伸びました。

そうして三年が過ぎようとしてます。

引き止めるなら、やりがいのある仕事を命令してくれ!
そういう環境です。

私は止める準備をしてきたから、仕事をかなり手放しましたから、
全くやりがいはないのです。

自分がどのように扱われるかも見てきました。
私は文句をほとんど言わないので、待遇も、ちょっと甘やかしてもらっているくらいです。
仕事は手放したのに、続けていると、
上司達からすると、こんなに優しくしているのにという、不満が出てくるのかもしれません。
何が問題なのかの、本質が理解されていないからです。
そういう空気を感じます。

私がなぜ必要とされているのか、
緊急時の、心の支えになる強さがあるからです。そこ1点のみです。
非常時に役に立つ人間だからです。


私はこの2年、どんどんと被害者意識の塊になっていってしまったのです。
自信がもてたのに、なんでこんなひどいことをされなきゃいけないんだ。

職場には、仕事を独り占めしたがる女性がいます。

普通の人は戦います。

私は戦いません。

それならどうぞと譲ります。

ますます、やりがいのない時間になっていきます。

職場にいる時間がつらくてつらくて、
それをまっすぐに見つめることができなくて、

職場にいる間、
なんで、こんなに苦しいのか。
なんで辞めたいのか。

そんな理由探しばかり、延々と続けてしまっていた私です。

今日、気付きました。

私は、苦しいことに罪悪感を持っていて、その言い訳ばかり、探しつづけていたんだ。
被害者意識の塊から動けなくなっていたのです。

被害者意識は誰も幸せにしないと、みんなに言いつつも、
自分がそれの塊になっていたから、

ますます自己嫌悪です。

今日、私は、ここにいることがつらいんだ。

とふと、まっすぐ見ることができたら、
理由なんか探さなくてもいいんだ。

と気付いたら。

すーっと楽になりました。

今の職場に入った数年間は、私は、心をこめて仕事をすることがものすごく楽しかったのです。

でも、今はそれらも手放しかけているので、心をこめる仕事が少なくなっていました。

気付きました。

今日から、出会うものすべてに、まっすぐに心(私なりの愛)をこめてみようっと。

某宗教団体が問題になった時に、
この教祖様が、本物だったら、みんな救われたのになと思いました。

人のことは言わずに、批判せずに、

自分がまっすぐに心を込めてみる。

今日から試してみようと思います。

真我はわかるかどうかわからないけど、(素直な自分になってみることはやって見ますね)
やるべきことがわかりました。

もちろん、自我の部分は、理由は一つだけではありません。
いろんなことが、いろんな角度から絡み合っています。

この視点から言うと、これ。
この視点から言うと、これ。

てっ感じで、自分はいろいろあります。
被害者意識を持つと、心が強い私は、無意識に攻撃的になりますし…。
って、結果的に私のほうが加害者かもしれません。(しょうがないものはしょうがない)

でも、やりたいことが少しわかってうれしいです。

posted by ひいらぎ at 17:54| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月26日

八正道

日本神道も好きですが、

仏教も好きです。

全然詳しくはないのですが、

八正道の中の正見だけは、

私なりの答えが見えます。

四諦とかは、ほとんど意識せずに、

まっすぐに見る。

それが私なりの正見です。

私はそれだけは得意です。

だから、仕事や、答えが速すぎるのです。

正見の正は、

善悪の善の正ではありません。

善悪の批評を加えながら、

見ることは、私念を被せることで歪みます。

それが、いろんなものを、正しくまっすぐではなく、角度が歪みます。

今の日本は、

残念ながら、

この正見が、

善悪の判断と誤解が蔓延してしまい、

批判を恐れる自己防衛の争いが絶えない悲しみを感じます。
情が薄くないと、

これらは、まっすぐに見るのは難しいのかもしれません。

わかるように愛されて育たなかった、共感能力の薄い問題を抱えた人たちが恐れる気持ちが薄くて、かなり仕事ができる人が多いのも、

まっすぐに見ることはできているからです。

となると、

私は喜怒哀楽の感情の豊かな人間だったのに、

共感能力はかなり高かったのに、

なぜ情が薄い?

成長のあかつきだったら嬉しいなあ。

仏教と日本神道の融合は本当に魅力的ですね。
posted by ひいらぎ at 00:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月18日

衣食住3

それでは、住を。

住においては、未来リーグのNさんが、労務所をつくるべきだとおっしゃっている。

そこは、刑務所のように(名前はよくないよね。それこそカタカナ語で華やかに?)

法を犯した人が入るところではなく、とりあえず、食べて寝るところが今はあればいい人とか、借金で自己破産した人が入る昔のユースホステルみたいなところ?

職は、アルバイトを斡旋してくれる。
急ぎの人手不足はまずここへ。
仕組みがあるだけでもいいのかな?

某派遣会社のように、囲い込むために、手元に残らないように搾取する訳じゃなくて、とりあえず生きていくための資本金を貯める所。

そこでは、生きていくための哲学と技術も勉強できる場を創る。
教える人はボランティアを申し出てくださった篤志家。

国はお金をかけないのさ。

お金は民間が稼ぐ。
Nさんのアイデアに私が口をはさんじゃったけど、

小子高齢化の時代。

建物は開き始めますからね。

空いた団地を利用すれば、費用をそんなにかけないでもなんとかなる。

意欲の低下も、鬱も、最初の一歩を行動してその場で足踏みし続ければ、

そのうちに、意識が変化する日が来て、自分から動き出す日が来る。

芹沢俊介さんが書いていらっしゃった。
引きこもりは、子どもが大人になる必需品(どんな形になるかは人それぞれ)。
その引きこもりは、無理やりそこから引き出そうとする時に暴力が発生する。(少しひいらぎ異訳)
自ら一歩を踏み出す時、その本人の感じる自信は、どんな他人が思うより大きい。
posted by ひいらぎ at 09:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

このままでいい

フッキーさんのブログを読むと、

すごいなぁと思う。
よし、この人を私の神様としようなかと思う。

崇めるんじゃなくて、神様の領域、そこを試してくださってありがとう。

って感じ?

彼の言葉はほぼ100%信頼できるから、そういう人の経験や言葉は、自分が経験したも同然として、私の中にカウントされるから。

とはいえ、彼と私は求める世界が違うような気がする。

認識のパーツをバラバラにして、

ってくだり、

もしかして、私は既にできているんじゃないか?

と思う。

だって、私には左脳がないんじゃないかと、そこがコンプレックスだったんだもの。

意識して整理された脳から求める知識を取り出す。

子どもの頃から、できなかった。

なんでもかんでも、好奇心において、脳の中にぶっこんで、
右脳のなせるがままに、瞬時に取り出し組み立てる。

そこが世間と違っていたから、

コンプレックスだったわけで、

過去はどちらかというと、覚えてられない。


未来は夢見る夢子の領域において語る夢物語で、

実は、余り心配も恐怖も他人ごとで、それがまさに目の前で現実に経験する瞬間に突然自分の現実となり、急に怖くなったり、オロオロする。(あがり症です)

目に見えてるものしか覚えていられないので、整理整頓してしまってしまったら、次に会うまで、私の頭に登ることはほぼない。

先週達成感のようなハッピーに包まれていた時、

私はこのままでいいんだ。

という言葉が何度も浮かんできた。

昔、守護霊が見えるという友人に、

「君は湖の真ん中でボートに乗りながら、岸が近づいてくるのを待つ子だ。
珍しい。普通は誰でも、少しは漕ぐよ。」

と言われた。

その事の意味がわかった。

私はここにいて、このままでいい。

このままの位置の私が幸せを感じる社会であるかどうかを見てればいいんだ。

と思ったのです。

なんだか偉そうだけど、

そういう人もいてもいいじゃない。

そんな感じです。

そしたら、「魔」が入ってきて、

前の私とほぼ同じになりました。

ただ、

自分をこのままでいいときっぱり受け入れるという、大きな変化はそのままです。
posted by ひいらぎ at 08:31| 東京 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月05日

友人のブログ

日本未来リーグのSさんといつも書く
友人がブログを書きました。

哲学的な人で、書くことは少ない人でした。

それが毎日自分を表現してくれることになりました。

正直言うと、

私は、おそらく彼にとって、かなりの天敵だろうなと思います。
だから、彼は、私の夫に同情してます。

よくあのひいらぎさんの夫でいらっしゃる。

なぜなら、何も考えないさらに女性である私は、
言葉という暴力で、

男性だったら、ぜったいに触ることのない、男性の負の部分に
えぐるように、言葉で突進していくからです。

一応、傷つけないように努力はしていますが、

しょうがないだろう?これが個性なんだからと、
ひらきなおって、

お会いするたびに、おそらく彼のデリケートな心をズタズタにしているのかもしれません。
(自覚はまったくありませ〜ん。だって、私にはそのデリケートさはないんだも〜ん。人は自分の中にある問題しか見えないんですよね。)

自分が(私が)突っ込まれたときに、

何でそんな風に突き詰めてくる〜?と周りの男性方に文句を言ったら。

ちらっと
「僕だっていつもぼろぼろにされてますから」

と小さくつぶやかれたのを、私の耳は聞き逃さなかったから、

もしかして、そうなの?

と考え始めました。
でも仕方がないことはあきらめました。

ま、そんなこんなのいろいろはあったとしても、

追求するテーマが似ているところが多いので、
私たちの言葉は、交わすたびに、お互いを刺激し合い、切磋琢磨するよい影響を与えています。

私と彼が、男と女で、人間が違うから、違う部分が示唆を呼び込むんですね。

と同じように、日本未来リーグには男性がいっぱいいらっしゃって、
私は、お子ちゃまのように、むじゃきに、全ての人に突っ込むので
もしかしたら、私は恐怖の存在かもしれません。

息子の言葉を聴いていると、そうなのかも‥。と不安になります。

でも変われないので、仕方がないです。

ということで、日本の未来のために、

彼の、このテーマはものすごく重要です。

彼が導き出す答えを、日本の未来のために心待ちにしています。

http://amaterasu1967.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_673f.html

http://amaterasu1967.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_0fad.html

http://amaterasu1967.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_5115.html
posted by ひいらぎ at 13:04| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

まだやるべきことがある

今朝来た、某党のチラシに、

評論家の佐高 信氏が

『憲法には、使っていない部分がたくさんあります。

例えば女性の権利は未だに憲法の保障する通りではありません。』

と書いてありました。

私の言いたいことは、この通りです。

憲法を変えるよりも先にやるべきことがある。

まずは、

憲法をしっかりと、ルールにのっとって、法治国家として、国民一人ひとりがしっかりと、自立した、そして自律した、自分自身に満足できるように、責任政党(昨日の言葉を思い出した)

をあげて、国民をリードして、精一杯のことをしてから、

そこから、その時の現状を明らかにして、問題提議をして、

納得のある改革を、するべきだと思うのです。

増税の前にやるべきこともたくさんある。

お金を丁寧に大切に扱って、

さらにお金を生かせる人をリーダーに据えて、(お金は、生まれつきの才能ってものがあるらしい)
やるべきことをやってから、

まずは、一率の増税ではなく、

国の危機です。

できれば助けてください。

と国民に寄付をお願いする。

精一杯のことをするべきなんです。

納得がみんな欲しいのです。

よろしくお願いします。
posted by ひいらぎ at 23:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月10日

安易な美辞麗句

最近気になることがある。
法律の何たるかはあまりよく知らないけれど、
例えば、

金融商品を売る時には、
説明責任が課される。

昔はお飾りのルールでしかなかったけれど、

今は、購入者が被るリスクの可能性をキチンと説明されているかが問われるようになり、販売会社は、電話をテープにとったり、リスクを聞きましたという、書面を取るようになっている。

なのに、

なぜ、政治のマニフェストは、

いわゆる誰も反論できない抽象的な美辞麗句で固めるのでしょう。

なぜ、その美辞麗句が現るに値するその奥にある前提条件みたいなものを、教えてもらえないのでしょう。

その誰も反論できないような美辞麗句を達成するための方法をひらいてはくださらないのでしょう。
なぜ国民が被るかもしれない不都合の可能性を教えてもらえないのでしょうか。
多様化社会はあまりにも多様で膨大過ぎて、

不可能という名のもとで、

不都合な色々を、膨大の中に隠し込む余地を沢山権力者や、先に利権を得たものに与えることがますます容易になっている。

だからこそ、説明責任がルールとして課されるようになっているのだと思う。

国だけ、政府だけ、政治だけが治外法権って、

なんだかおかしいと思う。

それこそ、日本の政治が三流と言われるゆえんも、

そういう世界のルールの考え方の流れの中で、

自分たちは治外法権とばかりに、進化しようとしない姿のせいのような気がする。

法律とか詳しくないけど、

世の中の流れとか、法律とか、ものの考え方とか、

勉強してきてわかったんだけど、

そこに至るまでには、膨大な理由があって、そこには、大きな哲学があって、

それは、ちゃんと揺るぎない流れがあって、

多分それが、時代の流れとか時代言語とかと、ちゃんと結びついているんだと思う。

日本のちゃんとした有識者と言われる資格のある方々は、

そこを突き詰めて、結びつけて整合性をとって、

時代を受け入れたルールを創ろうとしてくださっている。

いろんな方法はあるけど、そこを無視した流れは、

時代からはじかれる。

時代からはじかれるというのは、

衰えていくということだと思う。

うまく言えないけど、

政治こそ、

お天道様に恥ずかしくないよう、

堂々と説明責任ができる方法で、進むべきなんだと思う。

国民に知られないように、言葉の技術とか姑息な手段を選ぶのは、邪道だと思う。
posted by ひいらぎ at 04:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月02日

党首討論

党首討論を見ています。

ちょっと贔屓目、

感情が入るけど、

安倍首相は目が泳いでいる。

言葉尻を捉えた攻撃性が若いね。

この間の平岩外四さんの追想録に、

『なかでも小沢一郎氏(現民主党代表)については「私は小沢さんに裏切られたことは一度もないんです」と高く評価していた。』

とある。

まあ、柔軟な社会を目指して欲しいわけで、

小渕さんも高く評価されていた小沢さんに、本当に小さい中央。その全く新しい日本、試して欲しいなあと個人的には思いますね。
構造改革の名のもとの、国家権力の強化は望まない。


真面目過ぎる、安倍首相、

真面目過ぎて、相乗効果で生かすという概念。

理解できないんだろうな。

政治の世界は怖い。
安倍さんはできない理由を並べ立てて、
変えるつもりがないことを表現していること、本人は気づいてないのだろうね。
環境問題を仕事にしている方が、日本の食料の自給率も、アメリカとの関係が影響して、蓋をしているとおっしゃっていた。

これから発展途上国、が豊かな生活を目指すようになっていて、食料が資源となった時に、(すでに投資の世界ではそうなっている)

自給率が低い国が、不利になる現実を理解しているのかしていないのか。

日本はもっと幸せになる道がある。

頑張って、日本のリーダーたち。
posted by ひいらぎ at 00:29| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月26日

近況190526

お久しぶりです。

何かを書いて投稿すると、読んで下さる方々がいらして、

本当に感謝です。

生きることは大変過ぎて本当に面白いです。

同じような時は、やっぱり全くなくて、いつも新しい状況がやってきて、

いつも新しい自分を感じて、うれしいし、面白いし、大変だし、

しょうがないから、まっいいかあで、いろんなことを手放して、

そうすると、やっぱり大変で、あれあれどうしたらいいかわからないやで、

やっぱり、混乱で、

多分、私は、ますます子どものように自由になっていて、

この新しい状況をどう理解したらいいか、どう表現したらいいかわからないんだけど、

うん私は確かに一人で自由の中に立っている。


ここに一人で立って感じることは、

多くの人にとって、この一人で自由の中を立つことは、怖いことなんだろうな、と。

そこにこんな穏やかな心持ちで、自然に立てた自分は、すごく幸せなんだろうなと思う。

多分すごいことじゃなくて、
肩の力が抜けたということで、

答えは全部、自分の中にあるということが、

ほんの少し、腑に落ち始めたんだと思う。

このことをみんなが体感してくれるとうれしいな。

相変わらずどうしょうもない自分のままだけど、

流れと方向はよい方向に進み始めているんだと思います。

現実が良い方向に変わり始めるのはいつからなのかなあ。

近況報告でした。
posted by ひいらぎ at 16:59| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月30日

うっ!ポロポロ

書くのを止めたのに、

書きたいことが押し寄せて、

うっ!中毒症状と戦っております。

答えが見えてきてつかめそうなのに、手に入らないのは、

まず、自分ってことなんだろうなあと浮かんできた。

まず自分のメンテナンス。

自分を大切にして、自分をなんとかして、それらを受け取る準備を整えろ!
混乱している人間には、つかめないんだよ。

ってことなんだろうな。

様々な心や感情や考えが、去就するけども、

流して流して、

自分を責めないこと、

自分を、認める暖かな心で満たさなきゃね!って浮かんできた。

すべてを肯定。

なんと難しいことか。

今中毒症状と向き合ってます。


posted by ひいらぎ at 12:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

いただいた

今日、道を歩いていたら、

TOMBOのテープのりピットテープMフラットを配っていて、一ついただいた。

かわいい立派な箱に入っていた。

なんかすごく嬉しくて、

この会社が儲かるように、なんか買ってあげようっと。

と思った。

これがいかにも大手の会社の製品だったら、ラッキーとしか思わないと思う。

これが変わり者の私の愛国心です。


ちょっと嬉しかったんで、報告です。

ちなみに朝、選挙の某党の旗を立てた集団とすれ違いそうになりました。

投票してね。よろしくお願いします。の心が絶対に迫ってくるので、

目が合うのが怖くて、遥か遠くからずっと下を向いて歩いてしまいました。

相手からしたら、失礼な人でしょうね。

だけど正直にしか生きられない者には、
相手のことよく知らないのに、投票するかもわからないのに、頼まれるのは、大きなプレッシャーで、やっぱり嫌なものだと思いました。

世渡りが下手な訳ですね。
posted by ひいらぎ at 22:46| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

生き様と

太田総理は、

戦争を仕掛けられたら、みんなで死ぬことを選びたいと言った。

自分が助かっても誰かが犠牲になるのは嫌だと言った。

私も常々そう思っていたのでびっくりした。

おそらく、私の望む国家観は太田総理と似ているのだと思う。

石波さんという方かしら、いかにも政治家らしい言葉の説明がうまい方(名前を覚えるのが苦手。まして興味が湧かない人の名前は覚えられない)

彼の論理は、全体を指揮する能力のある人間は、死ぬ訳には行かないので、僕は戦地には行かない。

言葉は綺麗だけど、自分には、前線の危険は、目先及ばないので、無責任に安易に、国家防衛論を語ることができる。

この世は、一人一人の思い通りに時間の制約を受けるために他人の思いの影響をもろに受けながら、
まさに存在そのものが民主主義なわけで、

社会のルールでしばらなくても、本当は、存在そのものが民主主義なんだ。

だから、あの方と同じように、

自分は戦争とか、条件的に厳しい最前線の現場に行きたくない人は、

競争原理を追求して、
最前線に行くしかない負け組と

後ろで指揮する勝ち組を作りたがる。

そういう社会の仕組みを作りたがる。

そして、そういう人の方が多いから、

今日本の現状は、こうなっている。

結局は、私たち集団の選んだ結果で今があるわけです。

そのことをわかった上で、

自分は自分の納得する生き様を選びたいと思っている人は、
どう生きればいい?
結局は、自分自身との向かい合いは続くのだろう。

私も、太田総理と同じように、

憲法9条を守り抜いて、

戦争に荷担しない道を選ぶ勇気を持って、

いざという時は、

武士道のように、死を受け入れる、自分になりたい。

心は、自己価値高く、満ち足りたまま、素直に受け入れる形で、

そして、その心のまま、深層心理に罪悪感を抱かずに、そのまま死後の時間のないその精神の位置に動いて、満ち足りて生きるのさ。

それが私の目指す生き様です。
posted by ひいらぎ at 07:15| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | よくわからない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする