2011年04月24日

信頼

こんにちは

多分、
これを書くと怒られちゃうと思うけど、
溢れる思いは止められないから、
書くねm(_ _)m


私は、
起こること全部信頼したいという欲求がものすごく大きいんだ。

だから、

苦しいことも悲しいことも肯定して受け入れてから次に進みたい。

善悪は人間の解釈で、
大自然には善も悪もないと思うんだ。

だから、自分のやれることをしていこうと思う。



社会を肯定できる力とは、

親に対して信頼できる環境で育つ事がかなり大きいらしい。



とくに父親との関係が大きいらしい。



両親から、批判や、被害者意識を植えつけられるしかない環境で育った人は、

難しいということをわかった上で書かせてくださいね。



幸いなことに、私は、自立できることの幸せを言葉と行動で親から受けて育ってきた。



自分で働いて、税金を払える誇りというのかな?



だから、自立しすぎて甘えべたかもしれないのが私の限界。



いろんな人がいる社会で考えることを一人一人がまとめることがまず難しい。



その難しいまとめたことはやっぱり揺れるわけで、



その揺れる考えの人が山のようにいるのが社会で、



その中で、多数決を持ってさらに少数派に配慮して行うのが民主主義で、



民主主義とは、コストと手間のかかる仕組みだということを私たちは覚悟をしなければならないことを



この十年生きた中で知った。



株の世界は知ったらおしまい。

次は何をする。



コレを知ると、社会に対する目がものすごく大きくなるんだよ。



両親が株をやっていて、

若い頃は「株はやくざな人間がやるものだ」と両親に文句を言うような娘で、



それでも笑って受け入れてくれる父で、



そしてバブル崩壊から、「いったいこのお金はどこにいっちゃったの?」が私の疑問で



今日まで生きてきた。



私は自分の頭でそしてちゃんと見てその後のプロセスも眺めながら自分の考えを決めている。

正直に生きることに決めている。



本当に投資の世界はものすごくいろんなことを教えてくれる。



ぜひとも、みんなにお金をなくしてみることまで何度も経験してみて欲しい。

どれほどの学びがあるかも、これらは体験した人しか到達できないすごい学びなんだよ。



21世紀の問題は、複雑系の問題で、



簡単な問題は簡単に答えが出るけど、



複雑系の問題は、風が吹いたら桶屋が儲かる的な、



南半球で蝶がはばたいたらなんとか、的なバタフライ効果

的な問題で、



簡単には解決できないんですよ。



その複雑系の問題を解決しないとできるだけたくさんの人を幸せにできる仕組みはつくれない今日において、



なのに選挙は、簡単な問題を解決するしかできない、

情緒的な、擦り寄る人や、目立つ発言をする人しか当選しない選挙が選ぶわけで、



今日のいろんな問題は仕方がない。



複雑系の問題を解決できるだけの、そこにエネルギーを注げない選挙を経てきた人がリーダーになるのだから。



幸せになりたかったら、見栄えの悪い情報にも目を向けて(批判する人は見栄えがよくなるわけでそこを自覚する必要があって)



自分で根気よく、複雑系の問題を考える訓練をして、人を見る目を本気で養わないと、

結局は自分に返ってくると思う。



若い人たちはかなり、期待できるとは思っているんだ。



30代がんばれ!!。



批判をいったん全部やめてみる。

批判は、全体の思考をいったんそこで止めてしまうんだ。
そこからすすめなくしてしまうんだ。

だから、批判は敢えて封印して、
事実として一つの要素として、並べてみる。



まずは、現状をまっすぐに認識して、空白も受け入れて、



その上で何ができるかを考え、一つ一つ実行していく。



がんばれ!!。


posted by ひいらぎ at 17:08| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月14日

生きること

生きることは難しい。

でも生きることはカンタン!

生きることはいつだって、
矛盾する2つの相反する方向の力が働く。

どちらも同時に働くから、
どちらが正しくて正しくないとかはなくて、

その時の気分だから、
気にしない気にしない。

いつだって感じたまま、
生きればいいし、
感じたまま受け取ればいい。

自分の矛盾をゆるし、

そして相手(他者)の矛盾をゆるす。

緩みができて、
楽だよ。

私が何故仕事ができるか?

人の話をよく聞くから。

何故できないか、

人の話を聞きすぎるから。

どちらも正しい。

私が何故仕事ができるか?

人の話を聞かないから。

私が何故仕事ができないか?

人の話を聞きすぎるから。

全部正しい。

人はいつだって。

同時にたくさんのことを含んでこなしちゃう(そうは言わないか)

人を見抜くことは簡単。

人の行動を見ていれば、
相手がこだわるところを見れば、

相手の限界やコンプレックスの位置がわかる。


見抜くことは簡単だから、

見抜かない。

相手の感じるまま。

どうぞ思った通りに、生きてみてください。

そう思って、

邪魔をしないで、

人の通り道を邪魔しないで通してあげるのが、

おもてなしだと思っている。

他人に対しては目をつぶり、

無視は暴力にもなるから、

あなたをちゃんと見てますよ。(見てないけど)存在を受け止めてますよ。

と応援の声をかけて通してあげるのが、

おもてなしだと思っている。


袖すり合うも、多生の縁。


関わり合わずにはいられない縁は、

自分の課題にも通じる。

邪魔したくなったら邪魔してもよい。

自分も自由だから、
思った通りに生きればよい。

被害者意識は誰も幸せにしないから(自分も含めて)

考え方を、

被害者意識を昇華してもっと成長のハッピーに移動できたら、

かなり幸せだよ。

基本的がハッピーだから。

(多分私が今かなり幸せな気分が基調になれているので、ボロは着ててもの生活ですが、
心がキラキラの時間が基調?よくわからないけど、そんな感覚)

つらい時は、

なんでこんなにつらい人生なんだろうと、

運命を恨んだ日もいっぱいあったけど、

今はひとりですごく、ハッピー。

いつか王子さまくるかなあ(ハハハ、今は一人で自由に情報整理できる時間が欲しいから、一人がいい)

あるがまま生きてね。
posted by ひいらぎ at 06:39| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月04日

笑う2

笑顔の表情を造ることは、

全身の緊張と脳のつながりを切る役目をすると書いた。

最近インナーマッスルがほんの少しだけ鍛え上げられてきて、(人生で初めてかも、体力がなかったんだ)

その上で自分が大好きなナルちゃんだから感じ取れたんだろうな。

多分、脳がストレスを感じると、

顔の筋肉を通り道にして、

からだの筋肉が緊張する。

逆に、

からだが疲れたり、
ストレスを感じると、

また、

それも顔の筋肉を通り道にして、

脳にストレス情報が伝わる。

ストレスは悪循環だね。
なにせ緊張という形あるものを差し出すから、

意識として増幅しやすい。

昔、

ストレスだらけだった頃、

体も、顔もカチコチで緊張だらけだった。

最近は、

かなり力が抜けて、

だから違いがわかる。

二十代後半、

歩いていたら、
脳内言語が、

「笑って、ひいらぎ」

って、聞こえてきた。

あれは、この意味だったんだね。


笑う顔をするとね、

緊張の通り道のつながりを、

多分瞬間的に断ち切るんだと思う。

本当に笑わなくてもよいの、

その形だけで。

に〜って笑ってみてね。

多分、

その瞬間だけは、

脳や体がストレスの緊張から解放される。

人間は、本当によくできた生き物ですね。

多分、

笑顔エクササイズは、

人を若返らせるよ。

もしも、この私が、

この乾燥した冬に、
なんの手入れもしていないのに(人間失格だから)

それでも若く見えるとしたら、

私の仮説は正しいということでしょう。

はい、笑顔〜。
posted by ひいらぎ at 09:24| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月03日

笑う

最近わかったことがある。

笑う。

あるいは笑顔になる

ということは、
(顔をその形にするということ)

顔につながる、

全身の緊張があって、

その緊張のつながりを切り離す行為だということ。

朝、布団の中で、
起きる前に、

無理やりにでも、

顔を笑顔にしてみる。

そうすると、

世間とのしがらみや、
悩みや緊張とのつながりを一瞬でも、

断ち切ってくれる。

人生のとらわれから、

「今を生きる」

に一瞬だけど、

叶えてくれる。

よかったら、

やってみてくださいね。
posted by ひいらぎ at 06:07| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月14日

なんとかなる

最近、浮かんできた言葉がある。

「大丈夫、なんとかなる」

お〜ぉ〜お〜!

そうかそうか、
口癖にしてみようかなあ。

そしたら、なんとかなるかもしれない。

最近浮かんでくる言葉がある。

「お金が空から降ってくる」

意味はわかんないけど、

この自分がどうなっていくか、
楽しみですね。
posted by ひいらぎ at 10:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月08日

自己中心

私が、ものすごく幸せなことは、

父が自己中心であることです。

自己中心であっても、意地悪じゃない。
(意地悪等のそういう心を持たない人です)

性格も悪くない。

ただ、自分を中心に据えて、

おばかな視野の狭い世界で生きている。

自己中心で生きても、意地悪ではない、正々堂々と生きるモデルを
身近で見ることが、できる環境は、

私の人生を、どんな環境化においても、幸せに生きられる何かをもたらした。

母は、自己を外において、

他人を中心に生きる人間で、私にもそれを求めた。

私はいい子ちゃんだったので、
脳内教師の中で、それを目指してきたけれど、

父の、自己中心がしっかりと感覚に宿っているので、

自分を無私しても、

一番中心は、自己中心的だった。

だから、

自分をはずしても、
自己中心だった。

人間、愚痴を言うことは、楽しいことさ。

私は、自分の人生の不幸を、実は楽しんでいた。

恵まれた環境を、いらないいらないと逃げ回る選択をし続けた。

(結果そこから抜けられなくて、ちぇ!ナンだけど)

恵まれない位置に身を置きながら、

自己中心で、正々堂々と、自己が中心にあるという自信満々で生きる私は、

自己を中心に置けないでいる、袖刷りあう人々に、

ものすごく圧迫感を与え続けたような気がする。

何も持ってはいないけど、

自己中心でもちゃんと生きられることを証明してくれる父を持った
私は、

非常に非常に恵まれすぎているのかもしれない。

ただ、

今思う。

他人の経験もまるで、自分の経験のように思えばいい。

私の父の話を、まるで自分の父のように思えばいい。

それができたとき、

人生の経験は、ものすごく広がる。

自己はものすごく大きくなる。

私も、他人の苦しみの経験も、

自分の経験のように思うように、まっすぐになりたい。

自己を中心においてもいいんだよ。

と言葉で教えてもらい、

自己は君のままでありのままでいいんだよ、

と他己承認してもらう。

その過程の中で、

ゆっくり、
自分の中心に、自分を置けるようになる。

そのくらい、自己中心は難しいことなんだと、

理解が進む世の中になって欲しい。

自己中心同士が、

自己中心同士を、認め合いながら、

生きられる新しい方法が、必要となっていくね。

難しいぞ。きっと。




posted by ひいらぎ at 12:45| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月03日

テレビから

のだめカンタ〜ビレにワクワクです。

正月に一挙放送なんて、実家であるのが恨めしい。

シャープの亀山なんとかどでかいテレビがあったって、

使い方がめちゃくちゃややこしい上にDVDがないし、リモコンも捨てたのか?(使わないから引き出しの中にしまってあった)

さすがにそんなに長くテレビの前には座れない。

のだめを見ていて気づいた。

私には、共鳴とか波動とかはちっともわからないけど、

日本のテレビドラマから、

今のリアルのそれこそ最先端のドラマ作りのプロ達が奏でる、

歓喜のエネルギーを、私はテレビから受け取っているんだ。
あれが波動なのかもしれない。

私にとってテレビが止められない止まらないのは、

この波動なんだ。

と、昨日と今日そう思った。

アメリカの株価のニュースを見て、また、現実の不安感も浮かんできた。

ここが引っ張られない何かが重要なんだろうな。

当事者意識を持って、

と、

他人ごととして、見ているだけ、

と、

う〜ん、最近は他人ごとのようにの方が正しいような感じがしてきている。

だけど、

なんだか後ろめたくて、

そこを手放すことが、やっぱり難しいんですよね。


1日の24時間をどう過ごすのか、

田舎に来て、年配者の父らと関わって、
国民年金、たったの年間42万円で、普通に豊かに(?)生活されている方々に思いを馳せる。

経済を活性化させないと、

GDPは成長しない。

だけど、田舎では、
何かをおすそ分けする。

貰った人は、それを小分けして、

何人にもに、また分ける。

分けていただいた方々が、それぞれに、同じように、貰い物を、小分けして何人もに分ける。

お金は発生しない。
GDPも成長しない。

でも、とても豊か。

このことと経済の関係を、ずっと考えているんだ。

GDPの成長は、はたして、本当に国民を幸せにするんだろうか。

GDPの成長を伴う世界も大切だとは思うけど、

いろんな形の同時進行を受け入れた仕組みがいいなあ。
posted by ひいらぎ at 13:32| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月22日

女性を大切に

考えてみたら、

私の周りには、

母親からの言葉の虐待を受けて育った人が多い。

うちの羽次郎も、

母に甘えられて、

母の遮るもののない日のエネルギーをまともに浴び続けて育ってきたわけだから、

冷静に考えると、可哀想な子どもかもしれない。

フッキーさんはこのままだと、羽ちゃんがもたないと言います。

確かにこの世の中で、

私の全く飾ることのないすべてを浴びているのは、羽次郎だけだなあ。

気づいたから、

今朝、

「ありがとう」
と言いました。

昔、世の中に母親から虐待を受けていない男の子はいない。

と書いてあるのを読んだことがあります。

なるほど納得と、自戒をしましたが、

どうも、私自身のあの納得では、及ばないくらい事態は結構酷いのかもしれませんね。

男性と女性じゃ、全く性質が違いますから、

女性は存在すること自体男性にとっては暴力的なのかもしれません。

なぜなら、女性の方は、自然体でいるだけで、

男性を傷つけようなんて、これっぽっちも思っていないし、

実際傷つけているなんて、自覚はほとんどないわけですから。

時折、傷ついて育った女性が、その傷に対する助けを求める意味で、

自覚のある酷い暴力をふるうだけですから。

女性は、できたら、男性に優しくする努力をしましょうね。

とはいえ、

やっぱり男性は、

女性を大切にしてね。

という持論は変わりませ。

女性というのは、存在は暴力的かもしれませんが、優しい生き物です。

大切にされればされるほど、もっともっと優しくなって親切になります。

愛されれば愛されるほど、

もっと、優しく魅力的になります。

男性にお願いです。
女性を大切にする、わかるように愛す。満たす技術を学んで下さいね。

この世の中は、そこから始まるようになっているような気がします。
posted by ひいらぎ at 13:56| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月08日

コーチング

今日は、一時間半のコーチングの講演を聞いてきた。

コーチングの中でもおそらく流派があるのでしょうが(その辺は全く詳しくない)

私が生きてきて、

この順番で生きてきて、

今日この話を聞けたことは、
ものすごく意味があると言うか、

私は、自分が大好きなんで、

私のために聞かせてくれたんだなあと、いつもいつもそう思う。

カウンセリングは、
根本的な問題を探ってから治療が始まる。

時間と苦しかった過去に遡り原因を探る。

(私には向かない。なぜなら記憶力が悪いから。悲観的思考が好きじゃないから)

コーチングは未来にどうしたいかにフォーカスする。

気持ちが変わったら、事実のパラダイムシフトを許してくれる。

聞いていて、自覚したことは、

私は本能的に小さい頃から、

未来思考で、解決志向で楽観志向で、(恐がりだけどね)

それがおかしいおかしい変だ変だと言われる事が多かった。

仕方がないから、

原因を突き詰めて、変える努力もしたけど、

なんだ、やっぱり、本能的な楽観志向のパッパラパ〜の私のままでもいいんじゃないと、

自信の裏付けをいただいた。

そういえば、ふっきーさんに話聞禅をしていただいた時にも、

こんな感覚をもらったなあ。

今では私はすっかり前と同じ普通の状態です。

(あの頃話聞禅のあとは、自分を開いて約1ヶ月を過ごした)

あの頃は、おそらく正解の何かに出会ったり考えたりすると、丹田のあたりがブルブルブルブルと響いていた。

手のひらと足の裏に丸い何かがあって、何かが(気かなあ)出ていた。

今ではすっかり普通のぐうたら人間です。

こういう自分が好きですから。

自分らしくゆっくり生きていきましょう。

来週は、話聞禅開祖の方に初めて会うことができます。

共鳴が学べるのでしょうか。

昔から、全肯定を目指してきた私。

全肯定ってけっこう難しいんですよね。

来週が楽しみです。
posted by ひいらぎ at 23:06| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月02日

チア・ダンス

今日は、

生き生き元気塾の主催する、

「チアダンス」のイベントに参加してきた。

(携帯に予定を入れていなかったので、すっかり忘れるところだった。アブナイアブナイ)

チアダンスで心と身体を解放☆“生き活き元気にチアアップ!☆”
〜生き活き元気塾の大人のチアダンス教室開催記念イベント〜


です。

厚木市の55歳以上の方々が、NHKで大阪のシニアチアダンスチームのドキュメンタリーを見て、

私もやりたいと、

なんとチームをあっという間に創ってしまったそうです。

チームの名前を

「ミラクル・レディース」と言うそうです。

すごくかわいかった。

素敵な衣装を着て、

チアダンスは、振り付けが可愛いんですね。

チアダンスはシニアがやるとかわいい。

21世紀は、もっと楽しむ時代と思っていた。

女性の場合は、

ドレスアップして、晴れの舞台をいっぱい創ればいいと思っていた。

(私は、別にお洒落が嫌いなわけじゃないの。それよりも日本の経済問題を勉強する方が面白いから、お洒落にエネルギーを書ける時間がもったいないだけなの。)

ケとハレのメリハリがあって、

誰かが、全部私を着飾ってくれるようなハレの時間は、持てたらうれしい。

自分でそこにエネルギーをかけるのは面倒臭い。

他力本願です。(だれか私をキレイに連れてって!)

最近は、40歳を越えた人が、

フラとか、バレエとか、社交ダンスとか、ダンスとか、

いろんなものを習っているけれど、

チアダンスは、
60才でも、70歳でも、やれると確信した。

可愛いと思った。

例えば、ストレッチとかヨガとか、ピラティストか、

身体にはいいけど、淡々としていて、

楽しみは少ないような気がする。

チアダンスは、

怪我をしてはいけないから、

事前にストレッチを入念にやって、身体を十分に温めてから、

ダンスを習うそうです。

これは、絶対に身体にいい。

その上に、着飾った晴れの舞台を、他人に見てもらうという、

ドキドキわくわくの上がる経験(血圧が上がって心臓がドキドキして…絶対に身体にいい)

ができる。

すごいね。

私は、保母の頃、お遊戯会の指導をした。

見せるための踊りは、保育園児でも、簡単に指導できる。

そうそれほど難しいものではない(上には上がいる事は、別次元に考えてね)

高齢になった女性たちの新しいわくわくする楽しみ。

なんか素敵ですね。

ますますよい世の中になっていきますね。

これと同じような、男性高齢者のわくわくする楽しみ、探さなきゃね。

もっともっと幸せになりましょうね。





posted by ひいらぎ at 17:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月19日

もしも

なんだか、とってもハッピーな気分なんで、もう一つ書いちゃおう!

もしも、あなたが今、

とても落ち込んでいて、自分を反省して、批判に近い評価せずにいられないでいるといたら。

そのままの、自分を批判する自分のままでいてくださいね。
落ち込む自分のままでいてくださいね。
うつっぽかったら、うつっぽい自分でいてくださいね。

そして、もう一人の自分の意識を敢えて作って、

落ち込む、自分を責めがちな自分を、

丸ごと包み込んであげて、慈しんであげてくださいね。

ほんの少しでもいいから。

全部が丸ごと大切な自分なのですから。
すべては習慣・癖です。

ほんの少し変化させることでゆっくり方向が変わるのが人間です。
posted by ひいらぎ at 00:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月19日

幸せのツボ

なんだか、

毎日の自分の変化がおもしろくて、仕方がない。

二十才の頃スキーに行って、

下手ッピだから、

一回転して転んで、ケタケタ笑い転げていた頃の自分を思い出す。

私は成長が遅かったので、二十五歳くらいまで、天真爛漫だったのです。

自分の絶対は、多少時間がかかるものの、全て叶う(怖がりなんで望みは低い)女の子でした。

二十代後半、ヨガを習い始めて、一年後
一年前、ひいらぎさんがならいに来て、
この年齢で足首のこんなに柔らかい人がいるのかと驚いたけど、

普通の人になっちゃったわね。

そう言われました。

その後の私は、推して知るべしですね。

今朝、私にとっての

幸せのツボがわかっっちゃった。

最近毎朝、

ここが柔らかくなったら、幸せになるのになあと無意識に感じていた所。

今日、意識の上に出てきた。

人はストレスがあると体のどこかに緊張が走るらしい。

私の場合は、

肩甲骨の間の背骨から首に向けて、10センチくらい。

ここがつぶれている。

ここだよ。

と今日自分が教えてくれた。

長年のかちこちで、伸ばす意識だけで痛いけど、

わかっただけ幸せですね。

あと、

悲しみや苦しみや恐怖に引きづられないで、自分自身のまっすぐがここにどっしりたたずんで、

怖さや悲しさを素直に感じられるようになった。

幸せになれるかな?

こういう場合、

脳をだまくらかすために(あら下品)

断定して、

幸せになります。なりましたと言わなきゃいけないらしいです。

でもまだ私は照れます。
posted by ひいらぎ at 18:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月12日

座して待つ2

また、恐怖が押し寄せています。

これはなんなのでしょう。

座して待つ

とは、

自分自身の真っ直ぐな位置に立って、(つながって)その位置から世の中と対峙しましょう

ということです。

これまでのように、先走って、対応策を対処して、

それに自己満足する位置を基本型にしないようになるということです。

私は、その自己満足を自分の身の回りにおいでおかないと不安感におそわれる人間になっていたのです。

先回りで手を打つことは、大切なことであることは確かですが、

いつの間にか、

私の座する位置が、先回りして、手を打った自己満足したあとの位置にズレていたという訳です。

だから、今私が言う、

『座して待つ』

は、本来の何にもしない、何にも考えない、そのままの私の位置で、

押し寄せる不安感を何もしないで、やり過ごし待つ

ということなんです。

だから、

今、

不安感が襲ってきて、

胸が塞がれています。

依存症の中毒症状なのでしょう。

多分、掃除とか、日常生活の繰り返す終わりのない労働は、
座して待つ、冠たる修行になりえるのでしょう。

でも、中毒症状の不安感は、

震えて、悲鳴を上げて、布団をかぶって、自分を守っても許されるような気がします。

では、午後の仕事に戻ります。
posted by ひいらぎ at 12:55| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

座して待つ

座しての座はか座して坐してがわからなかったから、

子どもに聞いた。

僕が読んだ本では座してだったと思うと答えた。

まあ、あなたは若いから、テストではないものの記憶力はあなたの方がかなり信頼がおけるから信じることにするわ。

そうだね、お母さんよりひどい人は余りいないけどね。

とどちらも辞書をひいたりしないそんな親子ですが。

座して待つ。

私に一番必要なことは、座して待つことだと、昨日悟りました。

どういうことかと言うと、お節介人間の私は、先走りがひどいわけです。

人より先に時間の先が見えちゃう分、

(そうなんです。かなりかなりかなり先に見えちゃうんです)

その分、待つ時間が人より長く長く長く感じられて、

不安感が強いのです。

その自分で、長い時間を生きてきたので、

とにかく、自分のできる精一杯の努力と、布石というをだろうか、手を打っておくことをしておいて、

ようやく、見て見ぬ振りをする罪悪感から逃れられる。

学んで学んで学んできた私は、

お節介は大きなお世話だということも、その人にはその人の課題があるということもわかった後も、

罪悪感がつらくて、かといって、
人間相手にやると大きなお世話なんで、
(人間を見ているとお節介になるのが怖くて閉じた?)

社会や日本の心配をするようになってしまったわけじゃないかと思う。

とはいえ、社会は大きすぎる、日本は大きすぎる、

現場を持たない私にはやるべきことが、

水面下で一生懸命足をもがくアヒルを真似た人間のようなもので、

この、エネルギーが有り余ったひいらぎさんも、

はた?こりゃ限界かもしれない。

と自分の愚かさに気がつき始めて、

自分が、

先走って、自己満足の対処をすることで、

自分の不安感をカモフラージュしてきた人間であることに、昨日気づきました。

私の世の中とのズレは、

先走りのお節介でした。

答えは見えた。

今度はどう修正していくか。

それが、

座して待つ。

どうか応援してください。
posted by ひいらぎ at 09:19| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月15日

あは!わかっちゃった

私は、他人を見ていない。

まあ、いわゆるナルちゃんだ。

だけどそれは、他人の人生は他人のもので、やっぱりとやかく言うことは、どんなに善なる心から出た言葉であろうが、
それは基本的に悪だからです。

そこに踏み込むならそれが悪だということに耐えうるだけの、大きい心を培ってから、言うべきなんです。

人のことをとやかくいう人も、実は自分のことを語っている。

自分自身の投影でみた、批判なり文句なり指導なりをしている。

つまり自分はこいありたい、自分は自分の持っているここが嫌い。だから見せつけないで。罪悪感やら恐れが出てくるから。

基本的に他人さまを積極的に介入しないというルールが反故にされる時というのは、

その人から頼まれた時です。

その時はその人をよく見て、よく聞いて、その人の立場に立って当事者意識を持って、

だけど自分は自分にしかなれないから、自分の意見だという謙虚を持って、できる範囲で介入するべきなんでしょう。

だから人様、他人さまの言葉に傷つくな!

それらはその人の当事者としての言葉でしかないのだから。

その言葉を自分に置き換えて、比べて傷つく必要はありゃしないんだ。

まあ、誰だって悩みは似たり寄ったりで、

その程度が違うだけだから、

自分と同じような悩みを語られて、

自分の方がコンプレックス度が深ければ、比べて傷ついちゃうのは当たり前かもしれない。

だけど、傷つくことも暴力であるという人間にはどうしょうもない事実がある。

暴力は相手に反応を与える。

そしてまた、自分に返ってくる。

そのことの覚悟を持って行動、反応するがいい。

本当に生きるって、面倒くさいよね。

ということで、他人さまを見ていない自分を許す。

誉めるために見る。

これは技術を獲得して(力を抜いて意識をコントロールする技術)努力してます。

私の360度の周りの空間は、ハッピーばかりが増えてきました。

もうすぐ私は再生するでしょう。

たくさんの私に優しい母なるものの代わりを務めてくれる友人たちのおかげで、

私は私なりの正しい引きこもりを終えようとしていることに、今朝気づきました。

たくさんたくさんありがとう!みんな。
posted by ひいらぎ at 09:12| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月01日

疲れ

期末は忙しくて、

内臓がものすごく疲れているのを感じる。

なのにこんな遅くまで起きているな!

ですが、

頭が冴えたり、家族との関係だったり、
それも含めて、落ち着く時間がとれないというか、こういう混乱した時間、それをそのままじっと感じる時間が必要だったりする。

多分、幸せだと思う。

それが何かと言うと、

私の場合、息をしていることそのものが幸せだなあと、湧いてきて、

不思議だけど、だから何にもいらないんだよね。

こういう気持ちをこうやって言葉にしちゃうと、

気持ちがハイに行き過ぎちゃって、嘘臭くなって、その向こうには自己嫌悪が待っていて、しばらく落ち込んだりするわけで、

言葉にしないで、ただ味わうだけにするのが無難なんだけど、

でも湧いてきた正直な気持ちは言葉にしとかないと、忘れちゃうからなあ。

私が何故、人のために役に立つ人間を目指すようになったかというと、

多分、かなり若い頃から、息をしていることが幸せという感覚があって、

で、欲みたいなものが少ない自分が不思議で(ケチなのに不思議だけど、欲みたいなものは少なかったの)

で、じゃあせっかくだからその自分を利用して、どうせ生きるなら、生きる方向に流されるまま、人の役に立つ人間になりたいと感じたんだ。

どうも私はずっと感覚人間だったんだろうな。

自分にとことん正直に生きて、その結果ついでに人の役に立てるのなら立とうじゃないか。

だから無理もしない。頑張り過ぎない。楽して生きることを目指す。苦労は嫌いじゃ。

それが私の生きる方針で、

だけど、ケチだから、ついでに、勉強しよう。経験を選ぼうと欲張って、結果いつも忙しいんだよね。

だから、自分の人生よくわからないよ。

でも、すごく楽しいし、面白いし、楽だし、

強い自分なんか全く望んでなかったけど、(楽して甘えて生きていくのが望みな訳で)

だけど、今到達しつつある達成し始めた強さは、いこごちがいいし、ほのぼのとした柔らかな幸せ感で包み込んでくれる。
自慢じゃないけど、一人さ。

子どもとはいい関係だけどね。

今苦しい人も、やっぱり、前に進んでね。

きっとどんな人にも、いつかそんな穏やかな幸せ感に包まれる達する世界はあると思うんだ。
posted by ひいらぎ at 01:53| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月21日

パワーアップ

お久しぶりです。

昨晩も息子の友達が泊まりました。(夫は出張です)

友達同士で単純なゲームに夜中まで盛り上がることがどんなに楽しいことか、息子の数少ない年賀状の多くに「もう一度泊まりてー」って書いてあったことで忍ばれます。

そこに私の気配を消す能力が威力を発揮します。

気配を消すので、子ども達はのびのびと羽を伸ばします。昨晩もうるさかったあ。

だけどいることはいるので、行動の一応の歯止めにはなるので、集団の暴走に向かわず、それはそれでそのメンバー達も楽でしょうね。

去年の後半から、五年くらい本が読めなくなっていた私が、次のステージの準備ができたのかな?

また本を読み始めてます。

自画自賛ですが、私のところにくる本はなんとよい本ばかりか。

自分の引き寄せる運に、やっぱり自画自賛です。

そういえば、この前、有名な知識人とばったり会って、目が合って、周りに人がいなくて、つい「こんにちは」と挨拶をしたら、「こんにちは」と返してもらえました。

そういえば、去年は木村剛氏とばったり合ったなあ。目は合わなかったけど。

生き方の本を最近よく読むんだけど、

私自身が何故か子どもの頃や若い頃からこだわってきた生き方が、

なんと、幸せになる運のよくなる生き方そのものだったことに驚いてます。

そういう生き方は、この日本では、変わり者で、怒られたり、ヘンな目で見られることも多かったんで、途中でひねくれたり、隠してしまったこともたくさんあるので、

多分、これから私がすべきことは、

素直のパワーアップ。

勇気のパワーアップ。

みたいです。

魂のレベルとは、
愛情のレベルというか、求める愛情の位置みたいなものらしいです。

ものすごくスッキリする考えでした。

ありがとうです。

posted by ひいらぎ at 10:54| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月28日

年末

今日仕事納めを終えた。と言っても明日もあさっても仕事にいくしかないんですけど…。

それでもホッとしたのか、今いい気分。

本当に今年は、大殺界と四柱推命の凶の二年の一年目で、まあこんなにもタイミングが悪いもんだと、冷静にしみじみ思う年ではあったけど、

成長したのかなあ、
一つ一つに驚いたり、ビクついたりしないから、後に引いたりしない訳で、

客観的にタイミングの悪さをエへへとにやついたりできる訳で、

凶の年が続くのは、運の悪さにビックリして、自分が騒いだり右往左往するから、その影響が尾を引くのかなあとか考えたりする。

運とかタイミングとか、確実に良くはないけど、

悪い割にはこれだけで済んでるし、

不思議と未来に対して、嫌な予感とか全く感じてはいなくて、

穏やかな希望色の空気の中に、いる気がする今のひとときです。

気分は移り変わるから、いつもそうではないけれど、

心の基本の位置がそうであることに、本当に感謝だなあと思う。

若い頃は苦しかったんだ。

だけど、まともに苦しい気持ちと向き合って、泣いてわめいて正直に苦しんだから、ゆっくり強く乗り越えたんだろうな。

本気で弱い人にあこがれ続けたけど…、こういう強さなら歓迎だし、感謝だわ。
凶の時ではあるけど、飛躍、跳躍の前のかがみのような気がします。(そうじゃなかったら恥ずかしいけど正直に言葉にしちゃう性格で)

三年も凶の時間が続くのはうんざりだけど、今の気持ちで時間短縮して、運の良さが自分にくることを自分で許せるといいな。

私は保育士が一番向いているので、子ども達が、自分で考えて、自主的に行動できるように、一歩引いて、秘書的に、前に出ないで、サポートする人生を選んできたけど、

やりたいことは自分でやるしか実現しないことの覚悟がたまり始めています。

posted by ひいらぎ at 23:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月06日

受け取ること

今年は自分との対面の一年だったのかもしれない。

今ようやくまとめの時期なのかもしれない。

母は、赤ちゃんの頃の私のことを、

「本当にバカかもと思うくらい素直で、右を見なさいと言えば、ずっと右を見ているような子だった」と確か言っていた。

おそらく、素直は運を呼ぶのだと思う。

うちは商売をしていて、親戚も関係していたから、小学校二年生から、祝日、長期休みの昼間、繁忙期の夜までの残業と、手伝わなければならない環境だった。(給料つき。ただし母にすべて渡すことが当然と思える幸せな子どもだった)

だけど子どもの頃の思い出は、野に山に、海に駆けずり回り、そろばん、習字、ピアノを習い(いいかげんな練習でしたが)

さらにテレビも何時間も見てさらに本は年間、学校でも指折りくらい借りて読んで、さらに、友人宅で、周りの声が聞こえなくなるくらい漫画を読ませてもらって。

いったいどうやって時間を捻出したのだろうと、今思えば、不思議に思う。

どう考えたって不可能じゃん。

おそらく素直にただすべてに集中できる子どもだったのかもしれない。

私はおそらく運のとてもよい子どもだったような気がする。(くじ運はない。ケチで意識できちゃう子どもだったから欲が出るから)

ずっと素直で多分よいめをいっぱい受け取って、すくすく育っていったのだと思う。(嫌なことや悲しいこともいっぱいあったけど、多分忙しくて気にする暇がなかった子どもだったと思う)

大きくなって(実はかなり大きくなってから)自分の運のよさというか恵まれていることに気付いてからは、

それは、私ばかりズルいじゃんと、自分にビックリして、

その運の良さを、拒否することを覚えた。

素直さは幸せだから手放さないから運は来る。

いらないいらないと逃げ回り、運がこないように、自分を出さないで無色透明になることを自分に課し始めた。

何十年も。

そうか、受け取らないで来たんだ!

気づいちゃった!

受け取ることを思い出そうっと。

だけどドギマギしてしまうから、今ある微笑ましい感謝の恵みから、感謝の心を受け取ることから、リハビリしようっと。

そのくらい拒否してきたから、変えることは難しい。

心を見せてきた友人たちはわかって下さるだろうな。

私こそ受け取れらないで来たひいらぎでした。

ゆっくり変わりますね。
posted by ひいらぎ at 06:16| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月12日

ニコニコパワー

こんにちは、実家で〜す。

マイボス・マイヒーローを見て、

爽やかな青春パワーにニッコニコが身体中に広がってます。

43才、単純な心に感謝。

本当に今でも自分自身の特徴や傾向性に改めて気づいて、へぇー、こんなところがあるんだあと改めて新鮮に驚く事が多いのだけど、

最近いつもいつも自分の身のまわりの、足りないところを探してばかりの自分に改めて気づいている。

死後の世界は思い通りの世界とは思ってきたけど、

最近の世の中に溢れる書物やネットの文字を読むと、

どうも、この現実の世界もそうらしい。

そうか私が100%幸せになれないのは、

足りないところを探す癖があるからなんだ。

それ自体は向上心の表れで真面目だし、一所懸命に生きているんだけど、

多分ニコニコパワーが足りないんだろうな。

足りないところを探している時の私は暗いし、ちょっと計算が入るし…。

私は息子にまでノー天気と言われるような人間だし、息子の友達には、「お前の母さんって子どもだなあ」と言われちゃうくらいの人間だけど、

やっぱりニコニコパワーが足りないんだよな。

足りないところを探さずに、今あるものに感謝できて、負ではなく暖かい心に、満たされる技術というか、癖を身につけたいな。

多分目指しているものは、仏教的な、禅的な心。

心が本物に明るく、暖かくなりたいな。

「足るを知る」
これまた、私の人生のテーマです。

手放すを身に付けられなければ、足るは知る事ができないよね。

向上心を手放して足るを知って、ニコニコパワーを解き放せる人になりたいです。
posted by ひいらぎ at 22:17| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 幸せになる技術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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