2006年09月30日

回復過程

自分が毎日少しずつ、回復過程にあることを感じる。

エネルギーが回復してくると、家でゴロゴロしてる自分がつまらなくなりつつある。

頭の中はまだ、半分以上ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃなんだけど、回復した部分だけはとてもスッキリクリアで、

最近、美しいものに惹かれる事が多くなっている。芸祭に行ったのもその表れ。(芸術の才能はないんだけど)

子どもが大きくなって自立したら、映画三昧してみようっと。

新しい感性の監督の映画に自分の感性を乗せて見ようっと。

大人になると、視野が広がって、深まって、見切るところ捨て去るところがはっきりしてきて、
新しい見えた状態で楽しめる世界が増えて、超幸せ。

子育ての最中は例え子どもが中学生になってもこんなに親を精神的に必要とするのかってびっくりで、必要とされてる以上、何かに本気で夢中になることはできないけど、
あと数年後が楽しみ。

日本の未来や現状の問題点を考えてみることは、いわゆる私の趣味みたいなもので、寝食よりも好きかもしれなくて、生活と共に存在しているから、

どんなに苦しくても、元気がなくても、混乱していても止められなくて、考えたことは書いておかないともったいないから。

私の個性そのものなんだ。

一番エネルギーを必要としないのが、このブログなんだ。

家事が一番エネルギーと脳の働きを必要とする。

だからこそ、心の問題が増えたことへの援助は、家庭生活の援助も含めて考えないと、

病気(医療費)やいろんなことへの影響が莫大なんだと思うんだ。

だから給食システムの存在を主張するんだ。

虐待死もね、心の病の領域に踏み込んだ人に、食の健康的な管理は負担過ぎて悪循環に陥った結果なんだと思うんだ。

そこに一緒に食べる機会の提供となる給食システムがセーフティーシステムがあったら救われる命もたくさんあると思うんです。
posted by ひいらぎ at 13:55| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月23日

似てる人

今日は、区が主催の子供の科学教室についていった。

エネルギーがない時程、がんばらないし無理もしないけど、動く努力はしなくちゃね。

というのは嘘で、子供が一緒に行く友人のお母さんが、年下だけど、私と似ていてたまには話したいから、会場近くの駅までついていって、コーヒーやさんでずっとおしゃべりして帰ってくるのが目的なんだ。

私ほど、何もできない人はめったにいないと思ってたけど、
会話をするとびっくりするほど似ている。

現実世界に興味が実はなくて、ふとするとすぐに空想の世界に入ってしまう、実は夢見る夢子。

東京生まれの東京育ちなのに今だに道に迷うんだって。

良かったこういう人もいるんだとほっとする相手。

今現実世界の人間関係の天才女性と一緒に仕事をしていて、毎日、押しつぶされそうなプレッシャーというか、げっそういう世界は私は望んでない勘弁して!的な数年を我慢してるから、自分らしさを許して貰えそうな世界にほっとする。

絶対に勝ち組になんかなれない性格と能力なのに、そういう事をのぞんでいる努力家と一緒にいることは、苦しい。

お互いに協力し合って、よりいいものを創ろう!

夢見る夢子は損得じゃなくて、協力するプロセスや、共有する思いに喜びを感じて、

蒼いことも、馬鹿らしいこともわかっているけど、

たくさんの利益はいらないから、その蒼さにこだわらずにはいられないんだ。

わかってわかってわかってって、青くもがかずにはいられない。

馬鹿だね。

辞めたくても辞められない私は辞める理由を探してばかりいる。

小椋佳さんが書いていた「銀行で見るべきものはすべて見終えた。経営者の生き方がうらやましいとも思えず、出世するために、自分に残されている力を使うのは不本意だと考えるようになりました」

これが一番自分の心に近いかな?


時代は多様化して、本当にどんどん生きやすくなったいるけど、変化のスピードは現実の体感ではとてもゆっくりで、現実世界に合わしても少しちゃんと生きる努力も必要なんだろうな。

こう考えることができはじめただけ、少し回復なのかな?

似た人がいて良かった。

posted by ひいらぎ at 15:33| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月21日

笑顔の

今日考えたことを書いておこう。

エネルギーが出なかったんだり、頭の中がぐるんぐるんしたり、制御できなかったり、心が元気がない日々の中にいる。だけどもがいてはいなくて、あるがままの自分を味わってます。

本当に大変だったものなあ、よく頑張ったよね、あたし!
って心の底から思うんだ。

またエネルギーが出てくるのか、自信はないけど、

前に悲しみの中にいた頃に、

悲しみの深さの横にキラキラ光る希望のような幸せのような喜びみたいなものがちょこんと座っていてくれることを知ったんだ。

だから、今日、今度これを通り過ぎたら、どんな光を見つけられるのかな?

もっと本物の大きな優しさを手に入れられるかなあ。

とふと思った。

だってあの悲しみがあったから、ますます不器用にはなったけど、優しくなれたと思っているから。
ますますのろまになるかもしれない。
ちゃんと生きられるのかなあ。

もし叶うのなら、本物の笑顔のオーラが静かに出る人になりたい。

社会からはますます外れた人になってしまうかも。ちょっとつらい。

記憶があるうちに、
心が変な時は、腕とかの皮膚が、ザワザワするんだよ。神経がものすごく細やかになりすぎているんでしょうね。
posted by ひいらぎ at 00:23| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月04日

おしゃべり

何が不満なんだろうかと、しょっちゅう自問するんだけど、

私はおしゃべりが思いきりしたいんだなあと、
今日思いました。

私は子どもの精神のまま大人になっていないので、

自分をさらけだして、ケラケラ本音で語り合いたいんだということに気づきました。

友達らはみんな忙しくてそうそうおしゃべりする暇がなさそうで、

仕事場は、本音過ぎるのは許されないのかも。

夫とも、残念ながら本音で話せないし(気を使って聞くのみ)

独身時代は本音でいっぱいおしゃべりできる環境ばかりだったから(多分かなり恵まれていたのでしょうね)

だからもがいてもがいてばかりいるんだろうな。

お子様な私を受け入れておしゃべりして下さる方、どうか友達になって下さいね。

生きることが、難しいです。(それでも前を見て生きていきます)
posted by ひいらぎ at 20:33| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月28日

はあ〜。

女性達と飲みに行った。(食べに行った)

私は、おとなしそうに見えるし、空想の世界に入っている時は、静かなんだけど、

実際は、考え方が男らしくて、愚痴をグチグチ言い続けるくらいなら、さっさと辞めるというか、離れるというか、逃げるというかという性格なんで、(今の職は仕事を預けられる人がいないから仕方がないからこんなに続いている飽き性でもある)

女性達からは、多分知れば知るほど違和感を感じさせる人間なんで、

だから、普通の素敵な女性達が怖い。

人を不愉快にしたり、傷付けるのは、悲しいから…。

だけど、女性同士で仲良く話すことは大好き!

私は強いし、
自分の好きな世界に動いていけるから、

人を傷付ける自分の存在が怖いということ以外に、不愉快な環境に傷つく経験は少ないんだけど…。

たくさんの女の人が、日本のおじさん達の育っていない無神経さに傷つけられ、心を痛めている事を教えられる。

はあ〜。

確かに女性達にも、欠点や困ったところが一杯あるよ。

だけど、

あのおじさん世代の何にも学んでないのだろうかという、男尊女卑の無神経な行動をなんとかしてください。

素敵な育っているまともなバランスのいい男性方、どうかお願いします。

マイメロのように、

「もっとお願い!ニコッ!」

ホント、昔の世代の母親は男の子の育て方間違った人が多いかもしれない。

いい国になりますように!
posted by ひいらぎ at 11:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月31日

生活者

日本未来リーグのメンバーは本気で、こんなに真摯でバランス感覚のよい真面目で優しい男性がいるんだって

びっくりして嬉しくなるような、最後の希望に値するような、柔軟なメンバー達です。

が、それでも、生活者からは遠いです。

私が今働きながら、子育てしながら、生活しながら、絞り出す彼等に伝えている言葉は、
私自身にはキツイです。
ものすごくギリギリの体の奥底から身を削りながら絞り出す言葉は、
生活者としては致命的かもしれません。

正直、母としてそれは悪です。

お節介と考えることはそれこそ私にとっては趣味ですから、

きつすぎるけど、楽しいのですが、

体を蝕んでいること、家庭の中で、歪みが生じて、子どもにはあまり歓迎できることではないことを、私自身は知っています。
(夫とは離婚を覚悟してますので、申し訳ないけど仕方がないと思ってます)

そこまでする意味が、私には毎日迷いの中です。

自分が何様だあという罪悪感があります。

ただ、80代の田舎のオバチャン達ともゲラゲラ寄り添える自分自身の庶民感覚が、

本気の庶民感覚であり、また男とも女とも言えない中間的な脳を携えて、更に共感能力というお節介な才能が有りすぎてまた感じた事を言葉する才能が、
また、悪しか選べない人への新しい認識を探ろうと努力できる事や、
もしかしたら、運命なんじゃないかと、
やるしかない、そんな気持ちにさせてしまいます。

もう今日で最後がもしれない、そんな意識が、スピードを自分に課すことになります。

今年の最後の日もそんな葛藤の中にいます。
さっき彼等に送ろうとした長い名文が消えてしまったことがますますそんな気分にさせているのかも。

芸術家がこんな風に自分の奥底から絞り出すように、作品を絞り出しているとしたら、

家族を持つことはキツイですね。

このギリギリ感が、反対に快楽になっていくのだろうか?

きついけど毎日が未知の世界です。

私は別に強靭ではないので、
規則正しい現実の生活に戻らなきゃ。

どう生きたらいいんだろうね。

日本未来リーグの男性のメンバー達が、社会の代弁者としての
「生活する」ことに当事者意識をますますもって、

その「生活する」を担っている多くの女性達の不自由性に当事者意識をもって解放の方向の必要性に本気で気付いて下さいますように。

男の人はクレイマークレイマーにならないと「生活する」ということに気付けないの
posted by ひいらぎ at 04:41| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月16日

今日は弱い


今日は、元気がありません。

自分に問いかけるのが好きです。
まずは自分に正直になって自分がどうしたいかが一番大事だから。
だけど自分がないのが自分らしさで生きてきちゃったから、

本当は自分が何をしたいのか、わからないんですよね。

今は、自分の脳の奥にあるものを引っ張り出して整理したい。

だけど、仕事と家族の存在がいつもデーンと居座って、

書くことが続くと、エネルギーが奪われて、全部が中途半端になって、罪悪感で一杯になってしまう。

イライラして子どもに意地悪になる。
ますます罪悪感の塊。
発想なんてものは、引っ張り出して整理すればするほど、イモヅル式に拡がって、書きたいことが、ドンドン頭の中で、「出して出して」って待機していて、

時間はないばっかり。

人生は思い通りにならないね。

もっと強かったら、回りの人を次々になぎ倒して、思い通りになるのかなあ。

私に必要なものは、前に出る強さなんだろうか。

多分私のエネルギーは大きい方だと思う。
だけどアンバランスに怖がりで弱虫なんだよね。


他の人は生きることに、どう向かいあっているんだろうね。

私は生きることがどうも、ヘタクソです。

posted by ひいらぎ at 00:38| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月13日

かっこいい3


久々に為替王さんのブログを眺めました。

すごい方が、かつて一度コメントを書いてくれてうれしいです。

この記事にもグッと来ました。
この発言に反応して、この記事を書いてくださって、本当にうれしい。

http://blog.livedoor.jp/kawase_oh/archives/50183437.html

お金とは何ぞや。
税金とはなぜあるのか?

いろんなことが不思議で、興味を持ってきた私です。

税金は、
「人々が、自由に幸せになるために、稼いだ人から一部のお金を一度中央に集めて、再分配するためのものです。」

そこには、稼いだ人の一部のお金をいただくのだから、
人々が幸せになるために使う義務があると思います。

そこからの考え方は、人それぞれでしょうが、

日本の中央には、そこの一番大事な基本を心の中で追求していない上っ面の名誉を求める人が多すぎる。

自助努力をするかしないかは、中央の姿勢によります。
自助努力とは何ぞや。

自助努力することに反発を抱かすような政治をしていないか?
自助努力のエネルギーを奪う政治をしていないか?
国民からの搾取のみを目的としていないか?

中央の配分の権力を握った人が、尊敬できない二重構造を持っていないか?

子どもは親の背中を見て育ちます。
親を乗り越える子どもはそうそうめったにいるもんじゃありません。
(理想は、親を乗り越えるんじゃなくてじゃましない親ににこにこ背中を押されて、旅たつんですよ。)

国民は、権力を握っている位置の人々を見て育ちます。

国民がもし、程度が低いとしたら、それは日本の権力者の程度が低いということです。

佐藤ゆかりさんの応援演説をした、デビ婦人。
あの応援発言を許せる佐藤さんを私は人間として信用はできません。
(まあまあそこまで言わなくてもとは言ったみたいですが‥)


子どもはみんなが欲しいのです。(いらないという人の言葉に惑わされちゃあいけません)

だけど、精神的に自信ががなかったり、経済的に自信がなかったり、
(不妊も精神的なストレスが根本にあることが多いのです。追い詰めないでください)
子どもの問題は、すべてにつながるデリケートな問題で、

多様化社会の根本にかかわる重要な問題で、

そのことを理解しようとしない政治家を、私は信用はしません。

日本の法人の稼ぎの半分近くももらっていながら、
増税でしか、この国を立て直すことができない、
その能力を尊敬はしません。

仕組みを変えて見ろってんだ!

為替王さん、かっこいい。




posted by ひいらぎ at 12:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月07日

かっこいい〜!!!

余りにも主観が強すぎて、新聞だけど、こっちに書きます。

10月7日 日経新聞 夕刊

ぜひぜひぜひぜひ、読んでくださ〜い!(主観、主観主観いっぱい)


ミミズと株の探求 中村方子さん(動物学者 1930年生まれ )に聞く
お金で得る物 計れない事 旺盛な行動生む糧に

『 中央大学経済学部で生命科学を講じながら、世界各地の地面を掘りミミズの研究を続けた。(中略)“ミミズ学入門”の著作で知られる動物生態学者は、一方で、経済と市場の実態分析にも通じていて、研究に必要な費用のかなりの部分を自前の株式投資によって賄ってきた。

「株を始めたのは四十九歳(1979年)で中大に来てから。都立大の退職金600万円を糧にして、

どう買うかも知らなかったので、まず近くの証券会社の支店に行って、最初はつぶれる心配のない会社をとそれだけ考えて新日本製鉄と東京電力の株を下さいって…」

(中略)

「初めて取り組む実験や調査では、五里霧中の状態でもまず何かをしてその領域での自分の位置を知る。これを点を打つと表現してますけど、そういうのが習い性になっているのね。だからまずこの二社の株を買ったのよ、と息子に話すと、私に株価がどう変動するのか教えてくれた彼は大笑いでした」

(中略)

「自由な時間とおカネがあると、いろんな経験ができて素晴らしい。体の方は、死ぬのはどこで死んでも同じですから。おカネは遣うためにある。人生、終わるときにつじつまが合えばいいんで、稼いだだけ遣うんです。まだまだ兜町からいただかないとね」

七十五歳にしてなお旺盛な行動力の源泉は二つあるように見受けられる。

「人類が科学的に認識し得た知識が、人々がよりよく生きるための力になってほしい」(『教養の生命科学』)と願いその科学的認識の一端を自ら創造したい欲求、そして(後略)』
(編集委員 安岡崇志氏)

この長い記事の正しい要旨はこれだけの部分的な転載では伝えきれないから、
これは、本気で読んでほしいです。

本当に世の中にはエネルギーの塊のようなすごい方がいっぱいいらっしゃいます。

尊敬尊敬尊敬!

私は、怠け者だし、弱っちいし、それを克服しようなんて気がさらさらないのんびり生きることが目標の人間だけど、

彼女の生き方が、私には理想。

1979年から始めた株は、始めるのに運のいい時期だったかもしれないけど、

だけど90年からのバブル崩壊もあったのに、
やりたい事の費用をその運用から捻出しつづけるって、すごいとしか言いようがない。

私はまだ49歳じゃないから、

のんびり生きても、彼女のように、
何か役に立てる人間になれるかなあ。

何かをするときに、点を打つ、その姿勢だけは、私は彼女と似ています。

(私は弱虫なので、行動が苦手なのです。机上の空論者です。)
posted by ひいらぎ at 22:59| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月18日

夫の事2


今朝の夫の行動を書きましょう。

朝早くから起きて、冷蔵庫の残り物といかとで、
いかチャーハンを作ってくれて、
さらにポテトサラダも作ってくれました。(料理は上手なんですよ)

二人の確執が始まってからもうすぐ12年じゃないかな?
結婚してからは15年なの。

私が彼を責めなくなってから、随分とおだやかなよい家庭になりつつあります。

息子が、思春期に入り、私に対する態度が不安定になり始め、
(もともと難しい子どもでして。夫とそっくりで夫の母の育てにくかった気持ちがよくわかります。)

夫とは、お笑い番組を見るノリで、会話がはずんでいます。
(夫には、頼み事とか、心の思いをぶつける事はほとんどなく、心を込めて、
優しく明るい友達のように接しています)

息子には息子の思いやりや、思いがあるのでしょう。
お互いが気が楽そうに、会話が盛り上がってます。
私に対する時と、天と地ほど、会話のノリが違います。

思春期に入り始めてから、「母はバカでどじでどうしようもないヤツ」
という位置が、息子の中に確立し始めていまして、
真面目な話の時は「あ〜〜〜〜」
「何言ってんのかな?聞こえないなあ」ととぼける事が増えています。

かといって、自分の話は聞いて貰いたくて、
「この子は本当によく話す子だなあ」と時々、しみじみと見入ってしまうほど
自分の発想は聞いてもらいたがります。
(というか、私が、新聞やドラマを見たがって、あまり子どもの話を聞きたがらないので、
息子にとっては、努力をしないと話を聞いてもらえないのかもしれません)

思春期の息子さんと会話がないと嘆く方にはうらやましいだろうなあと思いつつ、
あと、2年もしたら、この聞いてもらいたがり病は(私も子供の頃そうだったなあ。母は聞きたくない病だった)減るのかなあ。

息子には夫の悪口をほとんど言わないで育てたんです。
というよりも、
私の方針が、負の感情は教えなくても社会で生きていれば絶対に勝手に育つものだから、

せめて家では、暖の感情、思いに照明を当てて、そこを強調して育てようと思ってきたのです。

学校の先生の悪口も言いません。

社会にはいろんな人がいるものね。
でもいろんなタイプの先生に会えるから、実は幸せなんだよ。
と話してきました。

夫に甘い私なのに、子供に厳しくなんかできないわけで、
(子どもからしたら、ずるい!になりますよね)

夫に合わせて、子どもにアマアマにしているのに、
ひいらぎはしつけをしていないとか、甘すぎるとか言うんですよ。

しつけよりも、笑顔と満足です。
しつけは、自覚ができて恥ずかしいという気持ちが育ってきたら、自分で育てられますものね。

人に対する思いやりは、親の背中を見せる事だけかな?
押し付けることはできないもん。

話も聞いてあげてない親のくせに何を偉そうに、なんですけど、

自分の人生も大切だもの。
働いていなかったら、子どもにエネルギーを割けるけど、
今は時間に余裕がないから、対等の人間として、
生きているだけかな?

なんだか子どもの話にばっかりなっちゃったけど、

どんな子になるのかな?

あっ!夫に対する愚痴は、息子には言います。
だって、なぜお母さんが不幸なのかの理由がわからないと、
息子が将来のお嫁さんに同じ事をしたら、かわいそうだもの。

「お父さんが、素直にお母さんに愛しているとわかるように愛情表現をしてくれないから
お母さんはすごく寂しくて、悲しいんだよ。だから離婚したいんだよ」

って。

最近は、僕に言われてもねえ。

って、それでも離婚もしなさそうな両親に、あきれているかも。

言葉にすると、こんな簡単な言葉でしか表現できないいろいろだけど、
息子は、その行間にあるいろんなことを理解しています。
その上で、それらを気にすることもなく、

伸び伸びと、幼いタイプの男の子らしく、バカらしい毎日を送ってます。

自分が大嫌いな夫は、自分の子どもが欲しくなかった。

だけど、息子に会って、息子が幸せそうに伸び伸び育っていて、
本当にうれしそうで、今は一番の楽しみみたいです。
(口じゃあ、興味もないといいながら、忘れ物を学校に持っていってあげたりもしちゃいます。私はそんなもん自分の責任でしょ?タイプなのに。)


確かに10歳以上になると、男の子は父親が必要かな?と
二人を見ていると思います。

私達が離婚しても、あの二人はよい関係のままでいてくれるだろうなと思います。
別に私が出て行ってもいいんだけど、

息子はお母さんがいないと生きていけないそうです。
posted by ひいらぎ at 15:31| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月17日

夫の事


なんだか夫への愚痴をよく書いてしまうから、
その事を一度ちゃんと説明しなきゃね。

私の夫は、
母親から「あなたは何て悪い子でしょう。これじゃあ将来どんな悪い人間になるか分かったもんじゃない」

そんな言葉のみを浴びせ続けられて育った人間です。
今でも実家に帰ると、機関銃のように、それと似た言葉を浴びせられています。
(義母もきっと不器用で、そういうコミュニケーションしか取れない人なのだと思います)
(私はその分、ラッキーです。私には義母からは何も攻撃がこないのです)

結婚する前は、そういう育てられ方をしたのに、何でこんなにまともな人なんだろうと
私は、彼の事を尊敬していました。

結婚して、私は、彼の育っていない、コミュニケーションの部分を責めました。
子供が生まれて、彼がそれに戸惑っている時に、(彼にとっては一生一代の決心で、子供好きな私のために子どもを作る覚悟を決めたのです。私にはそんなことは理解できませんでした)

普通になれない彼の足りない所を責めました。

そこから、彼の攻撃というか、暴力というか、
私の苦しみが始まりました。

それが何かというと、

彼は、外すんです。

まともにみかみ合う、コミュニケーションを、無意識でわざと外すんです。

おそらく、この外し方は、その暴力を受けた人間にしかわからない、
地に足についていないような、存在を脅かすような得体の知れない苦しみをその暴力を受けている人に与えます。

そして、その暴力を与えている人にも、なぜそうするのかわからないという、得体の知れない苦しみを与えます。
意思で暴力をしている訳ではないのです。

おそらく育った課程で、自分を守るために、無意識で身につけた、目の前を外すという処方箋だと思います。

おそらく、そんなことはしたくないと自分では思っているのだと思います。
でも、そうしか出来ない自分を責め、絶望し、そしてまた逃げる。
その悪循環のような気がします。

目先は全然暗くはないのです。
平気な振りをして、明るく生きているのです。
だけど、心の中は暗闇だと思います。(夫の)

まともに夫の行動を見たら、私の事を愛しているなんて、絶対に思わないのだと思います。

私は自分自身と戦い、自分を自分で癒す術を見つけ、
そして、離婚する覚悟もとうに固める事ができました。

どう見たって、夫は私の事なんて愛しているような行動ではないのに、
でも、出て行けないのです。

不可思議な行動や、事実がいっぱいです。

まともに向かい合うと私自身が苦しくて、悲しくなるので、
私は、同じ家庭にありながら、
一人で生きる術を探りながら生きています。

きっと、夫も幼い頃から、そう生きてきたのかもしれないです。

私は夫の悲しみがわかるようになったので、
夫にとても優しいです。

怒る事が極端に減りました。

だけど、心の見えない病は、いつ解決かもしれない、絶望の海にいるような苦しみを
そばにいる人間に与えます。

私は、息子にその苦しみを与えない、引き継がせないために、
息子にはアマアマに、手を緩めるように緩めるように育ててきました。

ただ、苦しみは私の中ではいつでも絶望のままで、

力を抜く技術が発達しているので、
今ではどこでも強く明るく幸せに楽しく暮らせるようになってはいるのですが、

私の中の中心部はいつも絶望の暗闇のままです。

今でも夫の日々は、コミュニケーションを外す(私に対してだけね)(彼は私に甘えてそういう暗部を見せる事によって癒されているのかもしれません)
毎日で、

夫といる時が、夫との関係が一番苦しいです。

(これは言葉で言う事ができない、外される苦しみというんでしょうか?感性で、無意識に外されるわけですので、こちらは努力の仕様がないのです。努力したら努力した位置で外されるんです。だから努力を一切止めたんです)

今では、外にいろんな友人ができ、もともとの明るさを発揮して、
外には幸せな世界がいっぱいできてきて、

夫との苦しみの意味が私には時折無意味に思えて、
「出てけー!」と自爆したくなります。

(実際に数年前までは、年に1回は自爆して「出てけー!」とやり、
そのたびに夫が半年間引きこもり、二人の関係は後退しました)

世の中には善を語る、優等生がいっぱいいますけど、

彼らは、そういう存在そのものを脅かすような、そういう得体の知れない感性の暴力を知らないというか、感じる事ができないでいることを、私は知っています。

夫はそういう得体の知れない暴力をいっぱい私に与えてますが、
それが、甘えであり、私にしか見せられない彼の叫びのようなものである事を今の私は知ってます)

離婚すれば幸せ。って私はわかっておりますし、
夫は夫で、多分私を手放してやりたいと思っており、そしてその努力しているのだと思います。
(その努力が間違っているのだと気づいてくれるとうれしいんですけど)

息子は、全部何となく見抜いていて、
夫の性格をよく知っていて、それが甘えだということも見抜いていて、
さらに客観的なので(私達は息子にはその影響を与えないよう、感性で制御してますし)

時々、息子をすごいなあと思います。

息子曰く
「何でお母さんはおとうさんにだまされたの?おいらだったらすぐに見抜けるけどなあ」とのたまいます。

私は実はすごく単純ですごく簡単な人間なんです。

素直に
「愛しているよ。ぎゅ〜」
としてくれたら、
途端に手のひらを返したように、
昨日までの事を忘れて、みんなに正直にのろけまくる人間になるのに。
(皆さんは、私ののろけを聞かなくて済んで、運がいいかも)

夫もそれを知っているはずなんですけど、できないんですよね。

だったら出てけ〜と思うんですけど、

育ってきた奥底の精神の病は、難しいんでしょうね。

私は単純真っ直ぐなんで、よくわからない世界なんですけどね。

posted by ひいらぎ at 15:03| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月06日

私の現実


昨日は、息子が学校関係のイベントでおらず、

夫がたまには食事をしようかと誘ってくれて、
久々のデートです。

仕事帰りに待ち合わせて、
夫がたまたま仕事の関係でネットで調べ物をしていて、
たまたまあるニューヨーク在中の有名人がお薦めって書いていたオーガニックレストラン
に行ってきました。

男性の友人に言わせると、

帰りに私の好きなものを買ってきてくれたり、
こうやって、食事に連れて行ってくれたりする行動は、

十分に愛情があるそうです。

夫からのそういう思いやりは、素直にありがとうとニコニコと受け取ります。

夫は仕事中は、厳しく明るく楽しむ人らしいです。

だけど、私といる時は、講釈ばかりで、むすっとしていて、
感情を出すとしたら、怒りの感情しか出しません。

昔、感情を出すなと怒られて、私は、約10年近く、引きこもり状態に陥りました。

私の10年の体験は話せば長いことになってしまいますが、
私は、引きこもりの閉じこもる10年を乗り越えて、
今のまた明るい自分に戻りつつあります。

まだまだ後遺症は多く、私の中のひねくれや、いろんな欠点もその後遺症である事も多いのです。

とはいえ、この私の今の洞察力というか、
人間を見る目は、

夫との約14年間の生活のおかげがものすごく多いのです。

すでにおわかりのように、私は真っ直ぐな単純な、見たもの触るものが楽しくなっちゃう
ラッキーな性質を持つ女の子でした。

言葉は言葉どおりに受け取るし、

間違った事は、即座に間違っていると大きな声で主張できるし、

自分からは喧嘩は売らないものの、売られた喧嘩は、買える強さも持っておりました。

言葉と行動が離れている人がいるということを、
本気でわかるようになるのに、35年という年齢が必要だった人間でした。
(35歳で実感して知ることができた)

夫も、理論的なようで、直感感性人間なんで、
さらに仕事以外では自己コントロールの育っていないお子ちゃまなんでわかりやすいらしいです。(他人からしたら)(はあ〜。まあ、私も似たり寄ったりなんだろうか?)

夫の行動は、(あとでいろいろ勉強した、)問題のある男の人のセオリー通りだったんです。
(え〜なんなのそれ〜って感じです)

単純な私に包容力がついて、

とりあえず、ここまで成長できたとしたら、
本当にこの夫のおかでです。

だけど、全然楽しくない。
気ばっかり使って、全然楽しくない。

今、離婚してくださいと言われたら、
ま、多少は寂しいけど、「はい」と素直に
「ちょっとラッキー!」

って新しい人生を楽しみにするんだろうな。

それが私の生活の現実です。

なんでって、

夫は本当の自分を奥底に閉じ込めて、自分の周りに2メートルくらいのオブラートと言うか
層というか、鎧をまとっていて、

その鎧の外しか近づかせてくれないから、
心と心が通う喜びがまったくないんだもの。
つまんないつまんないつまんない。(本音本音本音)

不思議な事に夫にとって私は、

存在するだけで幸せらしいのです。(母のようなもの)

仕方がないから、夫がテレビを見ていて、呼びかけたら、(微妙な信号で)
何を置いてもそばに行ってあげて、1メートルの距離で一緒にテレビを見てあげます。
(最近してあげられるようになった事)

文句も言わずに、笑ってます。
やなことされたら、その場では怒らず、後でメールでそれはしないでねと伝えてます。

あんまりこんな状態がまだまだ続くなら、
絶対にいつか離婚します。
(だって私は夢見る夢人間だもの。自分の望みは叶えたいもん。)

だけど、夫は深い心の優しい人です。
それだけはちゃんと認めてます。
一緒にいると不愉快だったり、つまらないだけです。

何がして欲しいって?
私の子供心に合わせて、寄り添ってくれる事!!!。
そんなに欲張りじゃないんだけどな。
posted by ひいらぎ at 15:26| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月01日

可愛い


この間、目指すものは、
「呆けて可愛いおばあちゃん!」

と書きました。

何でかと言うと、

病院で働いている年上の友人に教えてもらったのですが、

「人間ってね、呆けると、自分の一番奥の押さえていた本当の心が出るものなのよ。
理性とかの、コントロールする力がなくなるからね。

その中でね、めったにはいないけど、呆けてニコニコと可愛いおばあちゃんがいるの。
そういう人がいるとね、周りはなぜだか、すごく幸せな気持ちに感化されるの」

なのだそうです。

呆けて、怖い怒りの強いお年寄りを多くの方は、同情し悲しみますが、

その方々は、一生懸命に自分の中の悪というかたちの心をコントロールし、
押さえつけて、

とてもがんばり屋で、一生懸命に他人のために尽くして生きてこられた方が多いのです。

悪い心は出してはいけない、自己コントロール力の強いよくできた方だったと思います。

すばらしい方々です。

だから、そういう評価は当たらないと私は思います。

楽に自由に幸せになってね。
そう思います。

だけど、自分は呆けて可愛いおばあちゃんになりたいの。

自分を偽って、いい人になりたくないから。
(その方々は偽っているわけじゃなくて、善の心が強い人なのでしょうけど)

自分もまじめすぎるところがあるから、
今から、正直なありのままの自分で、

負の感情を昇華させながら、
満足感のいく喜びの中で、ニコニコできる本当のあったかいおばあちゃんになりたいんだ。

難しいのは、重々承知。
だって、私は自己コントロールが強すぎる人間だもの。

最近げらげら笑うことが減っているし。

だからこそ、支離滅裂で、思ったとおりに生きていきたいなあと思うんだ。

(人を不愉快にするのは罪悪感がまだ出ちゃうんでしたくないんです。まだまだ自由にはなりきれません)
posted by ひいらぎ at 12:31| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月30日

めびいてね。


言い訳を書いておかなくっちゃね。

昨晩のビジネスサテライトは、
女性経営者がどんどん出てきて、

女性の視点が新しい日本には確実に必要という特集が組まれていて、

ビジネスマンの仕事のできる女性が一杯画面に出てきていた。

(野中ともよさんの考え方はけっこう好きです。)

すごいなあ、かっこいいなあと素直に思いました。



私も偉そうにいろいろ書いているけどね、、、、

だけど、私の場合は、
ビジネスウーマンとしての才能じゃなくて、

アシスタントとしての才能、
一人の仕事をする愚直な人間としての才能があるだけで、

たいした才能があるわけではないので…。

なによりも、行動できない。(一歩前へは苦手)
(仕事で命令されればやりますよ。でも自分からしたいとは思わないから)
こりゃ、致命的ですわな。

テレビとかで、賞賛されているのは、
一歩前に出られる、
経営者の才能のある、女性だけど、

私の目指しているのは、
後ろで、黙々と目の前の事に尽くす人間なんだ。

私の場合は庶民としての位置で仕事をするための精一杯の才能かな?
その中で、げらげら笑って、生きていきたいんだ。
だって、笑うために生きているんだもの。


だから、偉そうに書いているのは、
自分の目線にスポットライトを当てているからで、結果そうなるだけで、
相対的に、平等に見渡したら、

そんなに偉くもないし、すごい才能もないし、
そこを、めびいて、自分で量を加減して、受け取ってくださいね。

実際に、素直な気持ちで、

そんなにみんなが経営者を目指さなきゃいけないのかなあ、
みんなが、リーダーをめざさ座なきゃいけないのかなあ、

と疑問に思うんだ。

理想は、
マンガの方の、「釣りバカ日誌」「はまちゃん」の生き方が理想です。
(タイプ的に無理なんですけど…。真面目ッすから…。)




posted by ひいらぎ at 09:12| 東京 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月27日

女性が働く


すべての事には両面の方向に同時に働く力があるけれども、
そこんところが、いろんな事の説明を難しくしている。

と、言い訳を書きつつ…。

今日の夕刊には、ビジネスサテライトのキャスター小谷真生子さんが、女性のマンパワーを活用する事に気づきなよってコラムを書かれていて、

うんうん賛成!

って感じですが…。

私は、働く女性、働く母さんになんか、まったくあこがれてこなかった、

専業主婦の良妻賢母になりたかった人間です。

ががが、人生苦手なことが追いかけてくるみたいで、
なんだかんだと、あっちこっちで働いてばかりいる、一児の母です。
(子どもは三人欲しかった。ついでに里子も預かりたかった。)

いわゆる、エリートになれるような、優秀な人間じゃないので、
庶民の女性の気持ちが、けっこうわかるんですよ。

(最近は、ちょっと成長しすぎて、ちょっと浮く存在になりつつありますが…)

働いていない時と、働いている時では、頭のまわる所が違うということを知っています。(経験で)

働き始めた時、数ヶ月から1年くらいは、頭がフル回転にはなりません。

どのように回り始めるかというと、

助走期間のように、最初は不器用に動き始め、そのうちに、フル回転になっていきます。
(そうすると、子どもとのリズム感や、学校の保護者会とのリズム感が全く合わなくなっていきます。けっこう、精神的にきついです)

だから、しばらく家庭に入っていた人が、働き始めた時に、最初は気ばかりがあせって、
空回りして、自分の防衛に、自分に腹を立てながら攻撃的になる気持ちが、何となくわかるので、

その方が、フル回転になるまでを、辛抱強く、ホロしながら待つことができます。
(さりげない援助が、その人の劣等感を刺激して、ますます嫌がられる事も多いですが、
仕事というのは個人の劣等感を守るために存在するのではなく、
あるレベルの流れを遮らずに続ける事が大事ですので、

自分というものをよくみて、流れに足りないなあと思ったら、
素直に援助を受ける素直さが必要だと思います。)

ずーっと、仕事を続けていて、休む事がない人には、
この、最初のなかなかリズムに乗れないときの人間の特徴に理解が及ばないので、

その人のフル回転したときの優秀さを、見る事無しに、

その前に、レッテルを貼ってしまったりすることも多いのかもしれませんね。

自分の実感として、

正社員として働くには、

「子どもを捨てる覚悟」が必要です。

これをどうとらえるか、人それぞれですが、

現実問題、それができていない人は、

雇う側の、期待に応える事はできないでしょう。

これが未来にどうなるのかは、私にはわかりません。
私は未来の人ではなく、けっこう過去の人なので、
過去の考え方に縛られているのかもしれませんし…。

子育てと、家庭管理と、仕事をどう両立するのか、

本当に深くて難しい問題で、

本気でみんなで、勇気を出して考えあわないと、

日本の未来の、労働力問題や、少子化の問題は、
解決はできないでしょう。

本当は解決する道もあるんだけど、
その選択をするかどうかは、男性達の本気度でしょう。

自分のしたことは自分に返って来る。

私達の生き方の結果は私達のレベル通りに結果となって現れてきますから。






posted by ひいらぎ at 22:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月17日

ゴロゴロ母さん


ちょっと体の調子が悪くてね。

夫と子供は映画を見に行きましたが、私はお留守番で、寝転んでドラマを見てます。

仕事の仕方が、一気に頭を開いて、全体のストーリーを把握しながら、一つ一つの締め切り(と言っても終りのない仕事で途中の締め切り)に合わせて、仕事の精度をコントロールしながら、走りながら考え判断しながら仕事をしていて(他に責任を受け取って下さる方がいない時の方法)
集中している時は息を止めているのかなあ。
すごく疲れて、時々、コントロールを越えてしまった時に、寝込んじゃうんだよね。

息子が内蔵に菌がついて入院したことがあるんだけど、治療がただただ安静だった。
薬も注射もなく、検査の他はベッド以外はトイレしか行ってはいけないというそれだけだったの。

調子が悪い時は、内蔵がぐちゃぐちゃになった感じで、
風邪をひく事を禁止したコントロールの崩壊は陰湿な調子の悪さでね。
多分、多くの頑張り屋さんはこういう時にもストップさせられないで無理しちゃうんだろうな。

だけど、私は自分が大事だし、父に絶望を感じさせるわけにはいかないから、
ストップさせて、寝たきり母さんになって、回復を待つんだ。
(一番息子に迷惑をかけてます)
自分は自分の思い通りに全然ならないけれどね。

土日にゴロゴロするだんな様にご不満の奥さま、
きっと安静が一番の体への治療だから、ゴロゴロ父さんを怒らないであげて。
その代わり、母さん、あなたもゴロゴロしてみて下さい。

ゴロゴロは楽だけど難しいんですよ。

できますか?

女性が(一家の主婦が)体の調子を崩すと大変です。
男どもは微妙に怒るんです。
女性が無理して起きあがると(起き上がらないと家事が回らない)
即座に治ったものとしての甘えの攻撃が浴びせられます。

寝たきり母さんの地位は、頑張り過ぎない母さんとして長年かけて、構築しました。

職場でも、資金繰りに余裕が出たことだし、頑張り過ぎない自分を構築し、二年以内に辞めます。

偉そうに書いているけど、私の仕事はプログラミングのできる人がきたら一気にルーチンワークになる程度の仕事です。
私も含めて解決する人材がいないだけです。
posted by ひいらぎ at 22:14| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月07日

七夕

こんな42才になってもね、毎年七夕の日には、晴れるか雨か気になるんだ。
今朝は、朝から晴れてて良かったね。
と思ったのに、午後から暗くなってきて、崩れてくるって聞いて、
なんで神様は、こんな梅雨の時に七夕を設定したんだろう?
と不思議に思う。

人の恋路や幸せは、正直すごくうらやましいけど、
ねたんだり、邪魔をしたりするほど心は狭くありませんことよ。


幸せって、自分で自分にその価値があると脳内言語まで受け入れて、心と意識を真っ直ぐにしなくては無理らしい。

私はかなり素直で自分に素直だと思うし、幸せになりたいと心から願っているつもりだけど、

うーん、強い女性は幸せになれないと恐れているかも。


自分の強さが嫌いかも。
そこが、後ろに逃げよう逃げようとさせているのかも。(うん逃げてる逃げてる)

家に帰ると、雨が降っているのか晴れているのか、わからなくなる。
でも宇宙はいつでも晴れているのかな?
織り姫さんと彦星さんが、幸せなデートができますように。

posted by ひいらぎ at 23:38| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月05日

完全に忘れた

お祝い事のパーティに出席する用事があって、
先週の週末に、
夫に服をコーディネートしてもらって買ってもらった。

夫は今年のラインとか去年のラインとか把握できるタイプで、
私はみんなが怒らなきゃ、服なんて着れればいい。古くたって、最悪破れていたって平気な人間(けっこうみっともないとか怒ってくださる優しい人が多いのです)

となると、夫にコーディネートしてもらって、私は着せ替え人形になって、
ボーッとしているのが一番合理的だとは思いませんか?

もちろん夫になる人が、オシャレに興味のない人なら私は自分でおとなしめの無難な地味な服を選べます。

(何で夫が、私を選んだのかが、私には理解できません。オシャレにまったく興味がなかったのは、若い頃からだもの。興味の対象は、誰かに影響されて変わるようなものではなく、子供の頃から好きなものは好き、興味が持てないものは持てないわけですから)

(夫は、私が着せ替え人形になって木偶の棒でいる態度がいやみたいです)

なのに、最低な私は、その後の一週間が本当に忙しくて、その時についでに買ってもらった、ちょっと似た普段着とパーティ用のインナーを間違えて持っていってしまって、(直前に夫に見つけられた。夫に言われるまで気づかなかったです)

記憶の中から、そのパーティ用のインナーが完全に抜けてしまって、夫からひどく怒られた。
せっかくのパーティ用のコーディネートが台無し。

完璧に私が悪い。
だからごめんなさいと謝った。

だけど夫の感情が気が済まなくて、さらに怒られ続けた。(ハア〜)

だけど、そんなことさえ記憶にとどめられないそういう事情を汲み取って欲しい。

月曜日は夜も仕事の会合で、
火曜日は夜、子供の学校の会合で、
水曜は何もないけど、子供にまとわりつかれて、
木曜日は、服の直しを取りにいって、子供の家庭科の材料を買いにいって、
選挙の不在者投票に行って、子供からの難癖に爆発して、「お母さん辞める!」
そしたらちょっといい子になってくれた。
金曜は、父から頼まれた印鑑証明を取りに行って、

仕事は仕事で、まだ壊れたパソコンに追いつく処理をさらに続けながら、
またどでかい固まりの仕事の季節がやってきて、倒れそう。
ブログは、自分のわがままだけどあと3件のノルマがあって、
まだ他にもいろいろあって…。

やり切れるのかなあという綱渡りの中で生活していて、
夫は自分の生活だけを楽しんでいて、
(文句を言う段階は終わったのです)

夫の余裕のある視点の中で、怒られても私にはどうすることもできない世界なのです。

女性が働く環境を考えた時に、
1日は24時間の視点で考えて欲しい。

人にはどんな人にも24時間しかなくて、
かといって、仕事には責任がとてつもなく大きくついてきて、
子育てにも、もうしち面倒くさい作業が山のように延々と続いて…。

お父さんという生き物は、その中のぷつんと独立した一つ一つの作業を手伝うだけで、
自分のよき父度、夫度に満足して、
母親の見えない延々とした作業に不満を持つ。
そして外に逃げていく。

母親に対して、子供がどんなに残酷か、それは母親になってみないと想像もできない。

同じ女性であってもそうで、独身者にも想像もつかない世界(自分がそうだった)
多分、その一番大変な時期を卒業した者にも、
その真っ只中にある大変な人のことを本当には想像だにできないのだろうと思う。(忘れることができちゃうんだよね、不思議と)

子供たちのその残酷さに対抗するために、母も残酷になる。
そのことを気づいてあげて欲しい。

1日は24時間しかないのに、
国の、世の中のシステムが、オーバーワークになるしかない制度であった場合、
怠けるか、心を閉じるか、
子供に当たるしかなくなる。

いつだって一番の被害者は子供たちだ。
posted by ひいらぎ at 17:50| 東京 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月18日

ありがとう

読んでくださって、本当にありがとうございます。

今日は朝から一杯読んでくださる人がいて、
さっきアクセス数を見て、感動してしまいました。

こんな事を書く、普通の女性はあんまりいないので、
こんなに経済が大好きな普通の女性もあまりいないので、

自分のことは自分としては大好きなんだけど、
だけど、コンプレックスの塊でね。

このブログの事は、
近くの友だちには、心から信頼できるというか、
包容力のある一人の女性にしか教えていないんだ。

あとは、日本未来リーグの人と、一新塾というNPOの方の一部。

本気で本音で書いているけど、

えっらそうな事書いているから、ちょっと恐くてね。
恥ずかしいし…。

自分をさらけ出すわけだし…。

文を書くときだけは、自由なんだ私。

だけど、本当はすごく恥ずかしがり屋で、
(だけど、最近会議とかでは自分を搾り出すようにさらけ出せるようになってきた。一新塾の人たちと出会ったおかげ)

だから、宣伝なんかできなくて、
読んでもらうにはトラックバックって教わったけど、
やっぱり恥ずかしくて、できなかった。

もしかしたら未来にはこの恥ずかしがり屋を乗り越えるのかなあ。

子どもがいて、何かに夢中になるのは、やっぱりよくないなあと、
毎日の子どもとのかかわりですごく感じてます。

だけど、本当に心から興味のあることで、
それを閉じる事ができるのか、今自分と葛藤をしています。

なんと言っても、すぐに集中の世界(夢見の世界)へ入り込んでしまう人間で、
この間の占いの、

「現実と夢の世界の狭間で生きるタイプ」
ってそのままジャンってびっくりした。

ノーベル賞を取られた田中耕一さんの、夢中になると何も聞こえなくなる……という特徴を聞いた時に、
あっ私と同じだ。と思いました。

うちの夫婦は、夫がどう見ても悪い夫なんだけど、

多分、私の方が自由で、強くて、心がフワフワどこかにいつもどこかに行っちゃうタイプで、
(自分としてはまったく自覚はないんだけど)

多分、淋しい思いをさせて、一杯傷つけているんだろうなと思います。
だけど、どうしたらいいかわからない。
私は私以外にはなれないから…。

昔、男友達に、
「君はぱっと見、風が吹けばよろよろっと倒れそうで守りたくなるタイプだけど、
実際に話すと何だこいつと思う。君は幸せにはなれんぞ。君みたいなタイプとやっていけるのは
よっぽど弱い男かよっぽど強い男だよ」

と言われたことがあるんです。

強すぎる人間だけど、本当は傷つきやすくてね。
アンバランスな人間で…。
強さと弱さのバランスがとても悪いんだ。

生きるのは大変。

存在だけで、周りの人を傷つけている。
そんなことを感じ取ってしまうわけですから…。

だけどね、自分の苦しみを見たときに、
こういう人間がいるとしたら、多分他にも同じように苦しい人もいるはずって同時に考えてしまう人間で…。

生きるって何だろう?

本当に何年生きてもよくわからないです。

同性の心は少しは分かるから書いちゃうけど、
女の人のたくさんの人が、生きることにもがいてもがいて苦しんでいます。
私も含めてね。

だけど、男性は心をあまり見せてはくれないというか、弱みは出さないでしょ?

男性にとっても生きることは苦しいのかなあ。

もっともっと本音で語り合える仲間が欲しいな。

答えは出ないかもしれないけど、
もしかしたら、もう少しだけ、生きることがわかるかもしれないから。

女性は男性のわかりやすい愛が欲しいんです。
結婚しても、身内になっても、
わかりやすく「愛しているよ」
「君がいてくれてうれしい」

どうか男性の方、勇気を出して、
言葉で愛を伝えてください。

はあ〜、私の友人になってくださるような男性は、みんなけっこう自立していて、
家族も円満にリードできるような人ばかりですが、

そうじゃないタイプの男性が、奥様を苦しませるんですよねえ。

どうしたらそうい方々が幸せになれるのか(私も含めてね)
そこの答えを、探して欲しいです。
男性が同性として、答えのヒントを探して下さったらなあ。
posted by ひいらぎ at 23:59| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月09日

誉めて誉めて!

この一ヶ月、

大変なことがいろいろ重なって、キー!と怒りたくなるようなことがいっぱいあったけど、

私の場合は、大変な時はストップ!

全てを止めることが基本だ。

動かすと混乱しちゃうから…。

全てを止めて、止めた中で、一つ一つのパーツをゆっくりと動かす。
(それを短い時間の中で繰り返す)

今の職場は、とりあえず3年働こうと思って、就職した。
(私の時代は3年働けば、元を取らせてあげられると教えられているので)
(知りたがり屋の好奇心の塊で…)

そしたら、信じられないほど、忙しくて混乱していて、
責任感の塊のような性格上、目の前の困難は、乗り越えたくなる性分で、


いつのまにか5年が過ぎた。
なのに、一生懸命に心を込めて仕事をすると、もっと仕事が返ってきてしまって、

整理が追いついた以上に仕事が忙しくなってしまって、(資金繰りは楽々になったです)

自分の納得はいつ来るんだ?

それで2年後に辞めることを目標にしたんだけど…。
(父の傍にしょっちゅう帰ってあげられる状況になりたいの。)

でもね、この5年、私の私生活はピタッ!と止まったままなんだ。
家族の皆さんごめんなさい。

ピタッと止めないとあの量はこなせなかったの。
お尻を合せて、スケジュールを感覚で組むタイプで…。

でも、この一ヶ月の大変な中で、
なんで私は混乱しないんだ?

って不思議に思ったんだ。

いっしょに働いている人に、私にはできませんって言われちゃって、
私は傷ついたりしているんだけど…。

そうか、私はこの5年の間に、めちゃくちゃ鍛えたれたんだなあと思うに至った。
この自信と、鍛えられた成果は大きな感謝しなければなりませんね。

壊れていたものが、昨日から直りました。
仕事、来週には、追いつきそうです。

あーあ、誰か誉めてくれないかなあ。

自慢は嫌われちゃうけど、
がんばった時は、

照れちゃうほど、たまには誉められたいなあ。
(口先で誉める人の誉め入らないけど…)
posted by ひいらぎ at 12:58| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(1) | 女性として | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする