2009年09月29日

責めないで!!

「キライ隠すため笑う…」中3男子が遺書残し自殺 北海道・夕張

http://sankei.jp.msn.com/affairs/crime/090928/crm0909282252036-n1.htm

痛ましい。

ご冥福をお祈りします。


うちの子が、中1くらいのときに、

「野ブタをプロデュース。」

という、亀梨君のドラマがやっていた。

あの野ブタの主人公は、

学校でまったく自分を出さないで、周りに合わせていい子ぶりっ子をする青年だった。

あのドラマを見て、うちの子も、

僕もそうだよ。

と言った。

今時の子は、とても繊細で優秀だから、

自分というものをものすごく、リアルに丁寧にわかっていて、

人間というものは、簡単な生き物じゃないから、
丁寧に感じるほど、苦しくなる。

のだと思う。

息子に、「ダメ母」としか思ってもらえない私は、

だけど、息子に気楽さを与えていると思う。
親がダメすぎるから、自分でやるしかない。


と、そう思うそうだ。

息子には、

人生は年を取れば取るほど楽になるからね〜。
と伝えている。

「母さんは特別だよ。ぶっ飛びすぎている」
と言われている。
「参考にならない」と言われている。

思春期の男の子は特に、自分を責め、自分を嫌いになるそうだ。

絶対に出さないけどね。

息子は私の言葉をまっすぐには受け入れてくれないから、

息子の友達に、高校入学のお祝いの言葉を送った。(前に書いたよね)

「思春期の男の子と言うものは、自分を責め、自分を嫌いで、自分に自信が持てないものだそうだよ。
そういうものなんだから、そういう自分気にしないで、
思いっきり自分らしく生きてね」

(ちょっと文は忘れた)

そうしたら、
「まさしく自分に自信が持てない責めてます。自分らしく生きますね」
ってお返事が来た。(文はちょっと忘れた)

なんといい青年だろう。

どうか、社会の皆さん、

思春期の子供達に、

自信がもてない、自分せめて責めてしまいがち。演技してしまう。

当たり前だと伝えてあげてくださいね。

人生は年を取れば取るほど、楽になるよ。

おばさんパワーは超、超、超幸せなんだよ。

おじさんパワーも幸せになってね〜。





posted by ひいらぎ at 12:47| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月11日

学校ストレス

おはようございます。
今朝の日経新聞に(2009年8月10日)

塾講師さんのエッセイが書かれている。
挑む

という欄だ。

『しかし最近、文部科学省の方針転換のせいか、学校で課せられる宿題の量が増加し、しかも提出しないと「呼び出し尋問」(?)を受けるケースが増えたことで、子供や保護者の学校ストレスがさらに高まっているようだ。

学力向上のために、家庭学習(宿題)を強制するのはやむを得ない。だが、その内容が

「2けたと1けたの足し算を100問、すべて筆算でやる」といった受験生には拷問に等しいものだから、どうしても手抜き作業になる。
すると担任に呼び出され…』

学校ストレス…。

子育てのかなりのスペースを占めるストレスだろうと思う。

日本の一般的公教育は、
優秀な子供に、蓋をし押し込め、未来の希望を奪いやすくする。

だから私立(エリート教育:本来のエリート教育は、蓋を取り主体的に能力を伸びやかに育てる教育です)

確かに子育て手当てよりも大切なものもあるかもしれない。

でもそこを変えるのは難しいので、

せめてお金のゆとりができるだけでも他のストレスが少しだけ減るんだよね。

見た目には効果は小さく見えるかもしれないけど、

お母さんに与える心のゆとりは、

かなり大きなポピュレーションアプローチになると思います。
posted by ひいらぎ at 07:47| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月21日

四十年

今年、

東京大学安田講堂事件から四十年だそうです。

テレビで記念番組を見て、

彼らの、

若い素直な想いは何だったのか知りたいなあと思いました。

団塊の世代は、

この日本において、

初めて、
自分個人の想いを、

素直に言えるようになった初めての世代なのかもしれません。

あの安田講堂事件は、

もしかしたら、

この日本にとって、ものすごく幸せな事件だったのかもしれません。

あれが海外の国だったら、

死者がたくさん出たかも知れず、

拷問まがいの暴力を国から受けたかもしれません。(あったかもしれないし、なかったかもしれませんし、学歴の高い人だから許されたのかもしれません)


あれから、

日本は、

おそらく、

若い者の素直な想いを、

世間にぶつけることは、

できなくなったかもしれません。

でも、

日本は、

素直に自由に考えて、書ける国になりました。

(完璧主義はグズですよ)


あの学生さんたちの想いは、挫折と共に、

心の奥にしまい込まれましたが、

人間が、

自然に発する想いに違いはありません。

おそらく、その後の若者、

私たちの世代を含む若い世代に受け継がれて、

その奥で葛藤を続けているでしょう。

人間の想いや望みは、

いつか叶います。

自然発生のものは、

五十年と言われます。

日本人のスタイルがよくなり美形が増えたのは、

外人さんを見ることが増えた日本人の憧れが、

どんどん花開いていると考えます。


団塊の世代の素直な想いは、

五十年後の、

今の十代が、

彼らの形で叶えるのかもしれません。

だからこそ、

知りたい病の私は、

あの安田講堂事件の人々の主張が、知りたいです。

そう思えたら、

やっぱり日本に感謝です。

ありがとうね。
posted by ひいらぎ at 09:12| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

学ぶ

私自身は、
受験にものすごく否定的です。

あんなものは、

貧しい時代に、
少ない富を分ける先が少ないがために、
人を振り落とすための仕組みで、

振り落とされた人間やそこにいくまでの長い期間に、

傷ついた人間の目に見えない部分の傷は、

この今の豊かな日本においては、

成長や活躍の邪魔にしかなっていないと感じるだけです。

今時の中高生はゆとりがないそうですが、

我が家の息子は、
ゆとりだけは山のようにある子で、

それがよく出るのか、悪く出るのか、

未来のことはわからないけど、

私自身は、
息子が大好きで(思春期で意地悪な時は大嫌いですが…)

愛してます。

私は、
学生時代、

かなり楽して、進学してきたので、

勉強をしてきてないんですね。

定期テストの一夜づけはしたけど。

やっぱり大学に行った人のような、基礎学力がないです。

保育の短大ですから…。それも適当に勉強していたし…。

だけど、社会に出て、

なぜかそれなりの人材の職場に入ることになってみたら、

理解力は負けてないみたいだし、

何よりも私は、自分の考えに固執しないで、

上の人たちが、

どういう方向でどのように事業をしたいのかを、

くみ取り、

その枠の中でその方向に仕事をして、

その方向からずれたり、

また間違っていると思うと、

きちんとその上の人から言葉の奥で差し出された枠を説明し、なぜそれが間違っているのかを、

正々堂々と進言するので、

(男性社会の職場だから給料は低いけど)

都合がいいから辞めさせてもらえないでいる。

私が優秀だからと言われちゃうと困るの。

私は感性が自由だから、

与えられた環境で、

感性が必要だと命じたら、

たとえ家族を捨ててダメ母になっても、

感性が必要と命じる勉強をし続けてきたからで、

努力の賜物で、

私は、

今の職場の枠組わ与えられたおかげで、

感性がかなりの勉強を命じて、

飛躍的にジャンプし過ぎたくらい、

理解力が伸びたわけです。

多分感性が自由であれば誰だってそうなんだと思います。

だからこそ、

画一的な教育ではなく、

感性を自由に、

その子なりのスピードを応援する。支援する。
援助する教育であって欲しいと願うわけです。

今ある人材を生かすとは、

負荷を上げて鍛え上げる教育では、

ないのです。

時代遅れの教育現場さん。
posted by ひいらぎ at 08:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

邪魔

子どもがお受験です。

この期に及んで、
気づいたことがある。

私自身が、

受験に否定的で、

多分目に見えない精神的な受験の邪魔をし続けて来たのだろうと。


私自身が、
社会からお得な利益を要らないと、拒否している部分があって、
(実際には、私自身は受けてる癖に)

なんとなく、

子どもに、

精神的に強制している。

それが悪いとか、
限界を作っているとか、

わかったところで、

無意識の領域の行動だから、
どうしたらいいのかもわからないから、

全てを受け入れて、

あるがままにいくしかないけど、

(だって私の人生は、
受験勉強しなかったけど、十分に素晴らしい人生だし…。)

子どもを、

ますます愛していて(感謝の愛)

愛が深まることが、

私自身の幸せの深さとつながって、

結局、
自己本位でしかなくて、

子どもは子どもで、自分の人生、

自己防衛して、
この困った親を乗り越えて、

自分で自分の人生を切り開き、作り上げるしかなくて、

息子は、

人間失格、ダメ母を許して受け入れてくれるから、

私自身は幸せだけど、

夫は、

さりげなく否定して(さりげなくじゃないと私が怒るから。)

さりげなく非難する。

世間も許してはくれないだろうな。

仕方がないのよ。

腹の底が決めちゃっているんだもん。

隠しておとなしく生きるしかないね。

(だって否定されるのは嫌いだもん)
posted by ひいらぎ at 06:51| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

先生

今朝の日経新聞に、
重松 清氏の

『気をつけ、礼。』
新潮社
「僕は、あの頃の先生より歳をとった――
それでも、先生はずっと、僕の先生だった。
受験の役に立たないし、
何かを教わったんだということさえ、
若いうちは気づかなかった。
でも今、あのときの先生の思いが胸に染みる……
夢に敗れた美術教師、
ニール・ヤングを教えてくれた物理の先生、
怖いけど本当は優しい
保健室のおばちゃん」


学校は、
おそらく、
私が子どもの頃と比べると、
先生の自由が許されなくなったのだと思う。

第二次世界大戦、

アメリカは、
日本の家屋や環境を徹底的に合わせて、
焼夷弾を雨あられのように、空襲をした。

彼らには、
黄色人種の命はどうでもよかったらしい。

戦後GHQは、

教育と広報(メディア)を握ったと言われる。

アメリカの植民地政策は、
第二次世界大戦以降変わったそうだ。

露骨な植民地政策から、

ソフト植民地政策。

そのターゲットが、日本。

ソフト植民地政策とは、

多分、

学校ドラマで出て来る影の番長的な

操り方。

それも長期的な視野で種を蒔いておけば、

あとは、人間の業が反応していく。

何をすれば、いいか。

本当のエリート教育と反対の教育をすればいい。

少数のエリートは、アメリカに留学させて、
大切に遇して、親米の指導者をつくる。

アメリカは、
日本の公教育と、
メディアを使って、

日本の礼節をゆっくり壊していったと考えられます。

メディアを使って国民を操るには、

被害者意識に火をつけろ!

がキーワードです。

被害者意識に火をつけ育っていけば、
人間の性は、騒擾されて、ゆっくり業を積み上げて、
抜けることが難しくなる。

日本が自慢できる国だったかは、わからないけど、

その時点から、業を刺激され始めたのは確かのような気がする。

それでも被害者意識は、
誰も幸せにはしない。

今の学校であっても、
親のやれることは、
先生の立場を思いやり、
大変さを正直に伝え、

人間として、混沌の中からよい面を探す価値を、伝えることしかできない。

人間は、悪いところもあるけど、いいところを引き出すこともできるということを。

思春期前に伝えることがベストだけど、思春期以降は、言葉を置いておくことが大切だと思ってます。

posted by ひいらぎ at 10:19| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月18日

甘甘

私は、育てにくい子だったので、子どもを甘甘に育てた。

と書いた。

甘甘に育てるってなんだろうと考えてみた。(私も感性で動くタイプですから…。)

息子は、
保育園の頃、図書館に一緒に行って、
毎回チェックする新書のコーナーで、
私が、
『育てにくい子の育て方』とあった本の題名をぶつぶつ読んだら、

「お母さん、借りなくてもいいの?」

と言ったんです。

彼は、自分が育てにくい子だと自覚してたんです。(びっくりしました。確かに彼は四六時中反抗期としか思えない態度でした)

甘甘に育てるとは、放任ではありません。
叱らないことでもありません。

育てにくい子というのは、
良い意味での鈍感力のある素直な子ではないという意味です。

モノの道理が理解しにくい子どもと、

敏感過ぎて、プライドが高すぎるデリケートな子どもと、
二つのタイプがあります。

うちの子は、
後者でした。

そこに、短気がプラスされてました。

いい意味での鈍感力のある素直な子どもは、

普通に生活して普通に対応すれば、伸び伸びと、すくすくと育っていきます。

でも、育てにくい子は、丁寧に、その子の気持ちの動きに寄り添って育てる必要があるのです。

私だって、

普通の鈍感力のある私みたいな子どもを育てたかった(これは本音)

でも、私のお腹から出てきた子は、
ものすごくデリケートな、育てにくい子だったのです。

私にとって甘甘に育てるとは、

普通の生活は、
鈍感に。

一緒に笑う。
喜怒哀楽の喜と楽を大げさに表現、

怒と哀は幼い頃は、ないものとして、無視
(私が照明を当てなくても社会が自然に教えてくれる)

十分に大きくなってからは、
正直に親の感情をちょっとだけコントロールして見せる。

叱る時は、
できるだけ、丁寧に側に寄り添いながら、

に留意しました。
(大ざっぱですから、適当にですけど)
我が家には、夫という難しい大人子どもがいたから(夫と息子はそっくりです)

本当は、難しかったんです。

生活面で鈍感を演出したのは、

そうしないと、
働きながら、
息子を守ることは不可能だったからです。

息子の短気な激情にスポットを当てない。
そのことのために必要だったからです。
おかげで、彼は、
持って生まれた短気な激情よりも、
持って生まれた、デリケートな優しさの方が、
育っていると、
彼を優しい目で見てくれる友人は言ってくれます。
posted by ひいらぎ at 20:44| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月29日

必要

矢口敦子さんという方の本の広告に、

ドキッとした。

「人の肉体を殺したら罰せられるのに、
人の心を殺しても罰せられないのですか?」


「不幸な人は死んでしまえば、
もう不幸は感じずにすむ」
そう言いきる15歳の少年が
抱える心の闇、
その先にありものは――?


「心を救えるのは、心でしかない。
絶望を食い止めるのは、
希望でしかない。
誰かに必要とされるだけで、人は生きていける。
矢口さんの温かいメッセージが、
全ての人の心に届くように願ってやみません。」
ノンフィクション作家
小松成美さん


この広告を読むだけで、
新しい時代の人たちが、

人間の問題意識を進化して、
より優しくより微妙なデリケートな難しい問題を感覚で味わうというか、
体験のプロセスとしている。

すごいな、すごいな。

たくさんの人の優しい切ない気持ちが、
想像と共に入ってきて、

私も穏やかな優しさに包まれる。


誰かに必要とされるだけで生きていける。

でもね、
愛が満ちて、
自己肯定が進むと、
誰にも必要とされなくても、
満ちて生きていけるんだよ。

そこまで行けたらいいね。

それから、
私の勉強の結果を言えば、
不幸な人は、死んでしまえば、
その死んだときの思考と感情の世界の
世界のまま、

そのまま、死後の世界を過ごすんだよ。

死後の世界は、思い通りの世界だから、
思い通りの世界は異質の刺激がないから、
変われないんだよ。

生きているときに、

今ある自分の環境の中で、それが不幸に見えても、

そのあるがままを受け入れて、笑う努力を重ねていくのが、人生なんだと思う。

今ある環境の中で、その中で、

自分以外の人を大切にして、
愛の言葉、
他者肯定を振りまけるようになったら、
いいね。
posted by ひいらぎ at 21:27| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月17日

実験してみる

日本は、悪くなったという。

70代の男性と昨日、ご一緒して、

いい世の中になりましたね。

と意気投合した。

基本的に世の中は、よくなっている。

では、彼らのいう何が悪くなったのか?

おそらくそれは教育だろうと思う。

変化はゆっくりです。

でもじわりじわり…。

その種を蒔いたのは、

戦後のGHQだと言われる。

日本の、

技術力が低くても、欧米と肩を並べられる、

なにか得体のしれない、

日本独自の教育力をの整合性のつながりを断つ何かの種を蒔いたのだと思う。

真面目で几帳面な日本人は、

それを大事に大事に育てて、

花開かせ始めちゃったのかも。

学校は、もしかしたら、

かなりつまらないのかもしれない。

五年ほど前、30才のメル友(女性)が、

少年犯罪を、
「つまらないからだと思うよ」

と言った。

彼女は、

おそらく能力の高い先を行く人だと思う。

おそらくそれが、正しいのだと思う。

仕事とか、社会の問題解決には、スピードが欠かせないという。

ちょっと違って、

速さじゃなくて、

素早く仮説を立てて、

実践(実験)してみて(ここは普通のスピードで)

そしたらその結果を検証して、検証結果を迷うことなく(ここで普通遅くなるけど、ここを迷うことなく素早く)

更に仮説を立ててすぐ実験してみる繰り返しが、どれだけ短時間でたくさんできるかが、

スピードです。

日本の庶民が受ける教育は、

この仮説実験検証を封じ込める形を、善の正しい教育と、仕組みで押し込める教育です。

子供はエネルギーが余っているので、

ターゲットを決めて、(大人の世界を真似て)いじめに走る。

ネット上でストレス発散をする。

匿名が効く、ネット上は本音が出る世界ですから、

裏サイトと呼ばれる世界が、子供達の本音でしょう。

そこでしか、本音が出せない子供はかわいそうです。

さらに仮説実験検証を封じ込められているから、

社会に出てから、仕事ができない。

日本では通用しても、世界では通用しない。

GHQも罪なことをしました。

本当は、

日本を幸せにすることが、
能力を発揮させて、

世界を幸せにする道なのに、

罪なことをしましたね。

受け入れた日本も日本ですけどね。
posted by ひいらぎ at 09:33| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

人生を生きる秘訣

息子が教えてくれた。

人生を生きるコツは、

今を精一杯楽しむことであり、

それをずうっと永遠に続けることである。

と。

誰に教えて貰ったの?

と聞くと、

内緒って。

高2くらいかなあって。

息子は私に対して、
冗談半分の嘘つきだから、

あんまり信じられないけど、

「僕を見よ!
今を精一杯楽しみ続けているでしょ?」
(それって楽しんでいるの?大人から見ると楽しんでいるとは思えなくて、ダラダラしているといか思えないけどね)

今の子どもってすごいね。

それって、ふっきーさんのいう、

今に密着するってことでしょ?

中学生でそれが理解できるんだから。

息子も、その友達も、

みんな、


いわゆる学校や親が喜び自慢できるような優等生ではないし、

ダラダラ遊び呆けている。

だけどなんだか、楽しそうなんですよね。

今の子は本当に悪くなっているのかなあ。

彼らを肯定で眺めた時、

本当にいい世の中になっているんだなあと嬉しくなる。

(世間体や学校の評価等がそれを否定に走らせる)

うちの子は、

彼らのダラダラの楽しみながら生活していることを、

半分だけだけど、暖かい気持ちで見守る親や大人に恵まれて、幸せだね。

と自画自賛をしている私です。
posted by ひいらぎ at 18:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月15日

会話

羽次郎との会話

「お母さんの友達の男の人がね、
ひいらぎさんがいつまでこのままだと、お子さんと旦那さんが可哀想。死んじゃうかもしれない。というんだよ。羽次郎には意味がわかる?」

輝く顔で、

「うんわかる。」

「ふ〜ん、わかるんだ。お母さんちっともわからない。教えて!」

「わからない人に言葉で教えても、忘れちゃうだけだからいい。」

「だけど理解はできるよ」

「やだ。」

息子はどうも、母親と学校や外から見る世の中との差異から
世の中を学んでいったようで、

可哀想に13歳にしては、

言葉にしないいろんなことが見えているようです。

だから私は息子に甘えてます。

可哀想なことに、ここ数年、夫と関わるとき、

私は息子を盾にして、息子の後ろに隠れて、接してます。

気づいていた?

と今日聞いたら、「もちろん。どうにかならない?」

と言われました。

「だってお母さん傷つきすぎてどうしようもないんだから、仕方がないよ」

「僕がそれと同じようになったらどうするんだよ」

「大丈夫。羽次郎を信頼してるし、あなたは愛されてるから」

「なんのこっちゃ」
我が息子は確実に親を守りに生まれてきた。

大丈夫。人の役にたつことは、幸せなことだから。

無視されて、無力感にさいなまれるよりはよっぽどいい。

だから私は感謝の言葉をわかるように声に出して何度も言う。
世の中がお母さんみたいな人ばかりになったら、僕は死んじゃうそうです。

本当にお世話をかけているのね。

ありがとう。

大丈夫。お母さんはあなたとの関係に十分満足してるから、呆気ないくらいにサッパリと子離れできるし、追いかけたりしないからね。

今は今を味わっているだけだからね。
posted by ひいらぎ at 10:16| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月04日

競争社会のありよう

競争社会のありようは、

本来は

『楽観的な遊び心のある競争で切磋琢磨して、一定の水平線を超えろ』

そこにあるんだと思う。

一定の水平線を超えた位置には、

大きな受容力が満ちており、万物が本来の平等であることが体の底からわかって来て、

無限大の知の浪費の喜びに、水平線よりも下の世界の雑事や争い事が無の境地の代物であることなど、うまく表現できないけど、そこから先は本物の万能感や満ち足りたものに、ドンドンあふれていくのみの世界だからです。

本物のリーダーは、

どんな時代であれ、この水平線を超えた人がなるべきで、
(その時、みんなが幸せになる)

残念なことに、

今の日本やアメリカのリーダーは、

おそらく帝王学は学んではいるとは、思うけれど、それらは学んで至れる境地ではなく、

そこに至れないわかったつもりの、

水平線以下のコンプレックスいっぱいの住人なんだと思う。

アメリカのかつての偉大な境地に至った人々の本には、

合理的にその位置の学びが表現されている。

日本の指導者の境地は、合理的に表現する訓練がされておらず、(言葉ではなく、かたとか技術に込めたのかもしれない)

日本人である私たちは、

日本人を生きながら、

学びとして、欧米の万国に通用する偉大を表現した本から、
見えない水平線を、目標にすえるといいかもしれない。

日本人の今のリーダー方は、

彼らの書いたものを読むと、

アメリカに留学して、

言葉のいらない日本人として、

アメリカに満ち満ちた空気からそれらを学び、今日に至っている様子が伺える。

残念ながら、日本もアメリカも、水平線以上のリーダーの統治の満ち満ちた空気を失い始めて、

私たちは、今手探りでもがきながら、それらを探ってきた。

世の中が闇の中に入っても、

一人一人の心の底には、光があって、

それらを探したいともがくものなのです。

日本未来リーグでは、それらの種が少しだけ見え始めた。

他の集団では、いかがですか?

未来は明るくなってきましたね。

(闇から光に移動することは、本当は簡単なんです)
posted by ひいらぎ at 09:20| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月21日

教育のこと

朝書きたかったこと、思い出せない。

だから、最近感じていることを、書こうと思う。

田舎から出てきた私には、

東京には二つに分けられた教育があることにびっくりしている。

(実際田舎にも高校からはあったんだけどさ、その頃には見えなかった)

エリート教育



庶民教育

エリートと言っても、いやらしい差別用語としての、エリートではなく、

のびのびと、好きなことを追究しながら、

多くの庶民の幸せをも、守ろうという、責任感の育った国のリーダー達

という意味です。

おそらく人間がまだ幼く、幼稚な感情に翻弄されている時代から、

富豪とかエリートというリーダーに値する人間という者は、

自由にのびのびと好きなことを追究する伸びやかな生活の中で培われるものだったのだと思います。
けれども、過去の世界はまだ貧しく、

すべての人が豊かになり得ることは有り得なかった。

また、人間の程度も、それに追いついていなかった。

それゆえに、

人を分ける必要があった。

乏しい富をうまく配分するためには、身分制度が必要だった。
その身分制度を機能的にスムーズに機能させるには、

教育を分ける必要があった。

それには、教育を分ける必要があった。

エリート教育と庶民教育

時代の必然性だったのだと思います。

友人のお子さんが都立の中高一貫校に入られて、

実際のその教育を聞きました。

まさしく、今現在の高齢の社会的リーダー達が受けられていた、リベラルな自由な教育な訳です。

地域の公立校は、とにかく尻をたたいてたたいて、

言葉の束縛(無意味な)の中で、学校の先生を軽蔑しながら学校に通う子供達が多いのですけど、

そこは違うのです。

聞くと子どものレベルはどうもうちの子どもと変わらない。
だけど教師の対応は全く違う訳です。

私もその学校で学びたい。

そういう教育です。

この差はなんだ?


そうか、ゆとり教育は、

あのリベラルな教育を、日本中の子ども達に経験させたいという、その教育の素晴らしさを経験した人の理想だったんだ。

だけど、庶民教育を受けて、その文脈の中での理想に対して素直で優等生だった人間達には、そのリベラルは甘すぎて、受け取れなかったんだ。

その文脈の違いを、

エリート校に学んだリーダー達も理解できなかったんだ!

彼らはその教育の中に入ったことがないから。

日本未来リーグで、
自分
posted by ひいらぎ at 18:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年08月07日

未来

日本のマスコミ・メディアは悲観・センセーショナルが大好きだという話をよく聞く。

負というものが、瞬発力のエネルギーが大きく、

人々にインパクトを与えるからだと思います。

海外特派員は、日本の悪口を聞くと、

目をキラキラさせて食いついてくるとか。

そして、反対に日本を誉めるニュースは、

なあんだとガッカリして帰っていくそうです。

私たち視聴者は、そういうマスコミの意図して集められたセンセーショナルな悲観のニュースを四六時中浴びているらしい。

うちの子は、インドア派なんで、毎日夕方のニュースを見るらしい。

これがまた酷いらしい。

こんなに楽観的母さんに育てられても、

ニュースの影響を受けて、

彼も結構悲観的。

なんかの会話の後に、

日本の、年金の話になった。

お年寄りの分を払ってあげた上に、貰えないんだよねえ。

楽観的母さんは即座に、答える。

いやいや、世の中の人は、未来の新しい技術を予定に入れてないから、

悪い方に考えて、不安に予防線を張るんだよね。

地球の人類の未来は、

滅亡しなければ、

新しい技術が多くの問題を解決して、思ったよりもバラ色の未来がくると思うよ。

技術の革新は不可能にすることだから、

今不可能なことも可能になるわけで、

老後も豊かに幸せに生きられると思うよ。

という。

悲観のパワーは瞬発力があって巨大だけど、

楽観のパワーはじわじわっと浸透していく地道な強さだから。

母さんの楽観的な言葉の洪水を浴び続けた羽次郎さん、

あなたも楽観的なパワーを持って、

お母さんにない新たな才能を生かして、

日本をいい国にしてくださいね。
posted by ひいらぎ at 23:29| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月11日

ほめ言葉

唐突ですが、

昼休みに、いいブログに出会いましたので‥。

特定の男の子の悪い点を書かせるという、
Yahoo トッピックスニュースから、飛びました。
(偶然なことに、この方のメルマが取ってます)

http://blog.management-brain.co.jp/archives/2007/02/post_270.html


最初の一言から物事は始まり、そしてその路線で結果が出る記事を前に書きました。

本当に言葉は大切です。

周りの方向を決める大きな責任を伴うものなのですから‥。

今年、講演会を聞いたときに、(名前が思い出せないごめんなさい)

30秒でほめ言葉をいくつ言えますか?
いくつ書けますか?と聞かれました。

プレッシャーに弱い私は12しか書けませんでした。

ほめ言葉、手帳に書いて、メモに書いて
用意しておかなければなりませんね。

私は子どもをよくほめますが、

言葉はいつも同じで、

お母さんの大切な子、

なんていい子でしょう!

すごい!

それしかないので、感動も何もないようです。

でも言われないよりはましですよね。
posted by ひいらぎ at 12:53| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月06日

変化

最近、生活に変化を取り入れた。

子を持つ母に取って、小さな変化が、

どれだけ厳しいエネルギーを要するのかということをみにしみて感じている。

多分子どもがいなかったら、かなり楽。

独身者だったら楽々で、面白くってしょうがないでしょう。

こうして生活していると、

やっぱり母は大変。
大変大変大変!

声を大にして言いたい!

母親は大変。

赤ちゃんの頃は、身動きができない大変だったけど、

小学校に入ったら楽になるかなあと思ったらやっぱり大変で、

中学校に入ったら楽かなあと思ったら、超大変で、

全然楽にならな〜い。

今法律で親の責任を謳ってなくても、プレッシャーに押しつぶされそうなのを、精一杯の努力でかろうじて、自分の人生と尊厳と子どもを尊重する人生とのバランスをようやくとっているのに、

これで、もっと責任をかけられたら、

もうやだ!とひっくり返して、お手上げするな。

教育基本法の改正の講演を聞いてから、

自分の実感や友人の話などと照らし合わせて、

実行可能かどうか考え続けてきた。

あっ無理だ。

ここで、危険な方向のプレッシャーを増やしたら、

多分、結局、その結果起こる混乱を今の状態にまで戻すのに、ものすごいエネルギーを使わなくてはならないことになるでしょう。(日本らしいね)

結局、その結果、

母親はもっと楽な社会を創らざるを得なくなるでしょうから、

まあいいか。

ばっかみたい!

現場をみない、実行する人達の現実を見ない、雲の上の大人達。
posted by ひいらぎ at 19:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月05日

教えて!

最近、悩みが膨らんできました。

それは何かというと、子どもの受験問題です。

私は、馬鹿ではないと思う。だけど馬鹿なんです。
情報処理能力にかなり長けていると思うし、

メタ認知も、同世代の方と比べると、柔軟で容積が大きいことを日頃感じてます。

が、バランスが悪いというか、かなり偏っているのです。

興味のないことは完全に捨てる能力が大きくて、

いわゆる受験に対する知識というものが、

何年親をやっていても、ほぼゼロなんです。

これでも愛する息子のために、努力をしようとは思っているのです。

我が家の息子への教育の協力は、

いつか必要となる多くの知識を獲得するチャンスを、
近くにおいておいて、軽く言葉掛けをして、

背中を押す。

だけです。

興味がまったくないから、小学校一年から、勉強に寄り添って付き合ってあげたことはなし。(かわいそうな子です)

自分の人生、自分で何とかしろ的な、家庭環境なんですけど、

バランスの悪いことに、

他の面では、母性豊かな、甘甘甘〜い母さんなんです。

子どもが甘えてもいいのかな?と勘違いするのは当たり前なんです。

正直、田舎育ちの私には、限られた選択肢を受け入れて、

縁があったことを楽しむ人生しかできなかったのでしょうけど、

私には本当に向いていて、

かなり、行きあたりばったりで、自由気ままに生きてきても、
何とかなっちゃったから、

私の心の中、人生なめているから、

子どもも、何とかなるでしょ?

で、いい加減に育ててきてしまったわけで、

だけど、この東京、広すぎて、学校が多すぎて、

私の興味のないことに対する情報収集力では、

もうどうしていいのかお手上げ状態で、

お手上げ状態になると、私は、ストップして向こうから答えが出てくるのを待つという癖があって、

一年後を想像しても、この様子に変化がないことが予想されて、

どうしたらいいのだろうと、悩み始めたのです。

私を知っている多くの方々、

どうか私を助けてください。

私の息子の進学問題に、どうかおせっかいと思われるかなあというくらい、お手伝いしてください。

手助けを待っております。切に、切に、切に。

無能母さんであるひいらぎを、どうかインプットして助けてください。



posted by ひいらぎ at 12:45| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月02日

理科系

日本科学未来館に来ています。

東京理科大学サイエンスフェア学生行事で、東京理科大学の学生さんが、いろんな理科の実験を開催してくださるそうで、

子どもと子どもの友達たちを連れてきました。

中2にもなると、子ども同士で企画して行くんではないか?
なんだか甘やかし過ぎのようですが、

彼らは面倒くさがり屋なんで、なんかのきっかけのある折は、背中を押してあげないと、無為に時間を過ごす傾向があるのです。

ちなみに来週定期テストですが、どうせ勉強なんかしないでしょうから、機会(タイミング)に乗ることを選んだわけです。

とはいえ、中2ですから、大人に興味もないでしょうから、一緒に来たと言っても他人と一緒で、
近くにいるだけで、
私はぼーっとひとり旅のようなものです。

だいたい、私は理科には興味がないものですから、どんな実験をするのかざーっと一周した後は、

ひとり階下に降りて、椅子に座って、

ぼーっとしているというわけです。

東京理科大学の紹介の161ページの冊子を眺めています。

なんとなく勉強の意味がわかるような気がします。

結局面倒くさいことの積み重ねを乗り越えたその向こうに社会に役に立つ応用力がある。

社会に役に立つことが、多分お金を稼げるということで、

これからも面倒くさいことの積み重ねは必要なんだろうな。と感じました。

自分は、多分瞬発力があって、器用だったのかもしれない、
直感力で、答えを出す力に優れてきたけど、

こういう面倒くさい計算とかの積み重ねは全く避けてきたから、

薄っぺらいんだろうなと感じました。

若い時は面倒くさいことの積み重ねが、ダサく見える。

かといって、年を取ると面倒くさいことに耐えるだけの集中力と脳の柔軟性が衰える。

たくさんの子どもたちが、希望や夢を持って、面倒くさい積み重ねと取り組めるような環境が整えられるといいなと思いました。

大人たちの中に透けて見える批判がなくなったら、

多分、子どもたちにとって、面倒くさい積み重ねはダサくなくなるんだと思います。

この歳になって、

勉強は絶対に裏切らないことをあらためて感じてます。

posted by ひいらぎ at 15:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

技術訂正

息子と会話をしていて、

どうも、この間、『ビジネスサテライト』を見ながら、説明を受けたのは、

「人工皮膚」ではなく、

「人工筋肉」らしいです。

彼としては、会話をする度に、

しっかり訂正するのだけれど、

その度に、母親の口から出る言葉が、

「人工皮膚」

だもんですから、

すっかり、母親に対する不信感の塊になっているようです。
彼は、四年生くらいの時の、学校の「心のノート」に、

尊敬する人;母

と書いてくれたんですけど、

今では、しっかり、両親ともに不信感だそうです。

今日というか昨日の、「オーラの泉」で、江原啓之さんが、

愛情を与えれば、ちゃんと返ってくるものがある的な事をおっしゃっていた。

(説明を聞いて、すぐにブログの記事を書き始めたのに、人工筋肉が人工皮膚にすり替わる私の事ですから、空間で大きな含みを持って読んでくださいね。)

ちょっと自信がない。

未来リーグと出会って、ブログを書き始めてからは、

私の神経やエネルギーはそちらに割かれて、

息子には甘える生活になってしまったから。

何かをするには、何かを捨てなければ、
手に入らないこともある。

息子が小学校四年生くらいまでは、溢れる愛情を、この直情の性質で、贈っていたことは自信があるけれど、
その頃の私は、
夫とのいろいろに、私は夫に一番エネルギーを注いでいたし、

精神的にボロボロだったし、

よい愛情、

豊かなまっすぐの、健全な家庭だったら、溢れ出てくるような愛情を贈れたかは、自信がない。

まああれだけ、本心を語ってくれるだけの安心感を持ってリラックスしてくれるのは、

小さい頃に十分な愛情を注いだからと思いたいところですけど、

ここ数年の私は、

まるで独身者のように、個人の資質のギリギリまで絞り出すような生活をしているので、
(世間では多分それを悪い母親と呼ぶと思う)

自分と息子との環境がどんな結果を呼ぶのか、それはわからないです。

息子は父親を子供だなあと思っているようで、

怖いのと、(時に感情的になるしよく怒る。私から見たら息子には、感情を制御していて偉いなあと思うのだけど)

可哀想なので、せめて僕はいい子でいてあげるつもりで接してあげているそうです。

その代わり、ストレスがたまるので、
その後、母親である私には、甘えてあたるそうです。

変に冷静をつくる環境しかあげられなかった現実です。
posted by ひいらぎ at 01:19| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月24日

技術

今日は中学生の息子と、

『ビジネスサテライト』を見た。

いつまでも起きていて、狭い家なんで、必然的についていたテレビを一緒に見た感じ。

なんかすごいなあと思ったのは、

理科好きな息子が、
人口皮膚を使った技術を、なんだかわかったように説明してくれたこと。

実を申すと、私には興味がなくて、チンプンカンプンでさっぱりわからなかったけど、

人口皮膚はロボット用に開発された側面があること、

それを使って発電する時の、何故発電ができるのかとか、
気軽に説明してくれた。

私はと言うと、
口をポカンと開けて、

ニュースについていける息子にあ然。

ちっとも勉強しないし、本当にどちらかというと自慢できるところが少ないというか、学校が求める能力が少ない息子だけど、

まあ、こうやって新しい技術についていけるんだから、なんとか生きていくんじゃないかなあ。

と思った。

と頭じゃそう思っても、単語の一つも覚えないちっとも勉強しない姿には、

やっぱり不安になったり焦りの気持ちは出てきてしまうんですよね。

親の精神は、やっぱり大変です。

男の子は、全然共通しない部分がいっぱいあって、

他人ごとで面白いです。

だけど、ビジネスサテライトは、生きる勉強にはもってこいの番組です。
posted by ひいらぎ at 00:20| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 子供・教育等 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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